2004年 7月 。

Last Modified: Sat Jul 31 20:47:47 EDT 2004 (08/01, 09:47 JST)

Jul 31 [Sat]


(10:56)
やっぱり世界が狭いよ。もう
(14:57)
さて、ドイツ語の話。 とりあえず今回の旅行で金額はわりと聞きとれるようになった。 あいかわらず新山の喋れるドイツ語というのは "Wo ist toiletten?" とか "Haben Sie eine Stadtplan?" ぐらいなのだが (文法的にあってる自信はまったくない)、聞くほうなら 「あいね おいろ ふぅんふ うんと つう゛ぁんつぃっひ つぇんと (= 1euro 25cent)」ぐらいはわかる。 あと地下鉄で「あうしゅてぃーく りんくす」とかわかってもこれはほとんど意味ないケドね…。 前回は数字どころか、挨拶もほとんどダメだったので (イタリアのあとに行ったので、 お礼をいうときでも、うっかり「ぐらっつぇ!」と言ってしまっていた)、それにくらべると そこそこの進化ではある。ほかにも、ドイツ人と話すうちに以下のようなことを発見した:

新山は第二外国語でロシア語だったのでドイツ語の文法はまったく知らない。 ドイツ語では否定を動詞のあとに言うらしく、英語のあまり得意でないドイツ人と話すと 「I know not」とかいわれたりした。ほかにも彼らはときどき英語の is を "ist" と言う… もっとも新山の話すドイツ語も英語のまじったかなりあやしいもので "Ich bin ... a student." とか "Ist this Zug ... nach Mu:nchen?" とかだったんだから仕方ない。 それでもドイツ語はまだ語彙がかなり英語と似ているからいいのである。 「この列車はほんとにココ行きか?」と尋ねて「ほーふぇん!」とか返されても、 ああこれは "I hope" って意味なんだな (ようするに、相手も自信ない)、 とてきとうに推測することができる。それにひきかえ、 チェコ語やポーランド語は全然だめだった。文法とか語彙はロシア語のそれに近いのだが、 そもそも新山はロシア語はただ単位とっただけで全然ものになっていない。 それにこの 2つの言語はどちらもスラブ系で、中途半端に似ている。 たとえば "hello" はポーランド語では「ぢぇん どーぶりぃ」で、 チェコ語では「どーぶりぃ でぇん」である。"thank you" も「ぢぇん くーいぇ」と 「でぃぇー くーい」だし、数字もそう。混乱することしきり。

それからつくづく感じたのは、やっぱり初めての国を何個もホイホイと短期間でまわるのはつらいということ。 ドイツとオーストリアぐらいはまだいいのだけど、それ以外のところでは、 言葉から、通貨から、電話のかけ方、時刻表の読み方、駅の表示などがすべて違うのである。 いったんある国のやり方に慣れてしまうと、またゼロからそれをやり直すのは結構きつい。 「地球の歩き方」とかみればそういうことは全部書いてあるのかもしれないが、 今回もってった "Europe by Train 2003" にはそういう細かいことまでは書いてなくて、 毎度自分で発見しなければならなかった。まあそれが楽しいともいえるのだが、 何回もやると疲れる。それからやはり通貨統合は偉大だと思ったよ。

(17:44)
ラウンジの机の上に置いてある Dr. Dobb's Journal の表紙が、上にのっかってる本で一部隠れて 「Dr. D」となっているように見えておもわず一人ウケ。いまの季節 Dr. D を知っている人は少まい。 てくるで (ところで) あの人ベーマガ誌上では博士号を持っているって言ってたけど、 いったい何の博士号だったんだろ…。かなりのお歳のようだったし、Computer Science ではないように思うなあ。 そもそも年寄りの教授に CS 出身者というのはいない、数学か物理か電気だ。 なぜならそのころ Computer Science という学問はまだ確立されてなかったからである。 まあ今でもたいして確されてるとは言い難いけど。

オット、考えてみりゃ Dr. Dobb もたしかに「Dr. D」だ。

Computer Science が「サイエンス」ではないという意見はよく聞くが、 その気持ちはよくわかる。こんなのはたんなるノウハウのよせ集めであって、自然科学じゃないよな。 言語学のほうがよっぽどサイエンスだ (某学派は除くとして)。だからといって これが大事じゃないとはまったく思わないんだけど、 ノウハウのよせ集めから、さらにデカい (一般的な応用のきく) ノウハウを導けないとだめだろうなとは思う。 そう考えると、計算機科学の究極的な目標ってのは自然科学のそれとわりと似ているのかな? つまり世の中のさまざまな移り変わりに対処するための究極のノウハウというかプロセスを追求するのである。 しかし自然は変わらないのに対して社会は学問の発展なぞ無視してどんどこどんどこ変わっていくので、 計算機科学が自然科学みたいに着実に進んでいくことはありえない。つねに一進一退をくりかえすのだろう。 いや、でも自然だって変わってるよな。素粒子とかのレベルじゃかわんないけど、 地球環境が入ってくると状況は刻々と変化するわけで…。

ま、いいや。よーするに、Computer Science というのは数学とかと同様に 政治経済医学工学をやるさいの、さらに一段下にある道具って感じがするんだけど、 そのわりにはたとえば RAND に CS 出身者が沢山いるとかいう話は聞かないよなあ…。 まあオレにはどうでもいいのだが、やっぱしみんな「オタクすぎてダメ」なんだろうか。 あるいは実際のシステム (OS とか LSI) をやりすぎなのかな。

Jul 30 [Fri]


(08:36)
ふ〜ん、orbitz も linux を使っていたのかあ。

そういえば某国の駅では時刻表表示ディスプレイの画面左上に ちっちゃく tux が映っていた。おちゃめだね。 ちなみにヨーロッパ人は一般に日本にあるような駅のオルゴールなどを 嫌うというが、そこの国の人はけっこう好きらしく、地下鉄でもやたらピーピーいわせていたし、 駅では構内アナウンスの時にかならず「モルダウ」が流れるのであった。 考えてみりゃーこの曲調はけっこう日本人好みだと思う。なんか哀愁ただよってるし…。 カロとピヨププト (← 意味なし、いま勝手に思い出した)。

(14:24)
メガネを新しくしました。(ここに書いてもしょうがないのだが)

そしたら、小さい。視界が狭い。おまけに、世界が丸くなっている。通常の世界の 3倍 (この「通常の××の 3倍」という言い方もどこで覚えてのかなぞだ)。

しかもやたらと軽いので、なんかの拍子にストっと抜けそうで、こわい。

でも度はまた強くなってしまったらしいので、しばらくかけていると、 なんか、アレになってくる。(アレとはなんだ? 頭痛のこと。かもしれない)

昼飯くったから今ねむいのですが。

todo: 免許書とること。

(16:40)
きょうが金曜日であることとミーティングがあるのを忘れていることとは矛盾しない。
矛盾せないだ。せないだといったろ! ろろろろろろr
うん、確実にね。それは縮(ち)まっている。<fonta

オレのコレぶりが消滅していることを知れ。焼肉定食

ぷりしゅてぃ すたにっつぇ

ネストが深くなり過ぎると悲劇が起こるる。 さういえば (さふいへば) 初代 SP-5030 ではスタックが 6段しかなくて FOR 〜 NEXT とか GOSUB なんかのネストが最大 6段までしかできなかったのを きみは知っているかね? そんなものを知る必要はどこにもない! しそれはスタックとは呼ばないべきだ。いや、呼ばれないべきだ。 いや、呼ばれられないべきだし呼ばれるべきでない。それでわだいたい ハノイの塔なんかは 6枚の鍵盤 (鍵盤!?) までしかできないよ、溶けない
よ! しかしそれは 26 - 1。あんたの推論はいつだって蚊に刺されている。

(23:20)
髪切った。頭切った。今回は「香港髪型屋」というところに入ったが、 これは前に行った「中華髪型屋」が混んでいたので、そのあたりで似たような床屋を さがしていたところ (床屋街なので床屋や美容院が並んでいる)、この店の軒先で 暇そうに座っていたオヤジが、こっちを見て「あんちゃん、髪切るあるよ」と しきりにジェスチャーしていたのでフラフラと吸いよせられたのだる。 ほんとうは自分では髪の毛がすこし長めのほうが気に入っているのだが、 いつもまともな「調髪された長髪」にしたことがない。 いつものばし放題にただボサボサのばし、 そのうちもみあげ等の部分が必要以上に長くなりすぎてしまい、「うぎーーーーっ!」と しびれを切らして床屋に行くとガッポリとまたもとの中国人髪型に戻されるということをくり返している。 なんだか、かんだか。

そのあと、久しぶりにチャイナタウンの小食屋でめしを食う。いいわあ。 言葉はわからないし (チャイナタウンの中国人は基本的に中国語だけで生活している、 テレビや新聞もすべて中国語だから英語はかなり下手だ)、 メニューもよくわからないし (全部漢字)、 衛生的にもちっとも安心できないのだけど (食器とかちゃんと洗ってなさそうな気がする)、 なぜだか落ちつくんだなあ。 やっぱオレはヨーロッパよりアジアに旅行に行ったほうが楽しいみたいだ。

Jul 29 [Thu]


(09:30)
Keith Packard かっこいい。
(17:39)
さて今回の旅行では計 10箇所ぐらいの酒場に行ったが (おもな目的は酒を飲むためというよりもむしろ修行のためである、 新山にとって旅行とは楽しみというよりも修行なのだ)、 ガイドブックに載っていない「俺バー」あるいは「俺パブ」をみつけるための tips を なんとなく開発したのでここに公開しておく:

で、入ってからの howto はこんなかんじだ (未完だが) :

基本的にこういう店は安宿 (ペンションかユース) に泊まれたときしか行かないことにしていたので、 毎日は行かなかった。しかしオレってば根がヒキコ森なのに我ながらよくがんばったと思うよ、うん。

でもふだんニューヨークにいるときはこんなことはまったくしないんだけれどね。

(18:52)
ところで (▽てくるで)、ぜんぜん関係ないが、一般的に 「女は愛敬、男は度胸」というらしいが、 新山はこれをいままでずっと「男は愛敬、女は度胸」だと教えられてきた。 親から。そして今でもこっち (後者の解釈) のほうが正しいと思っている。が、それはどうでもいいのだが、 「愛敬 / 度胸 のある女」というのはいままでに結構見てきたのだが、 「愛敬 / 度胸 のある男」というのをいまだにほとんど見ないのだ (多少はいたけど)。 これは単にオレが男だからそう感じるだけなのだろうか? それともオレは無意識のうちに「愛敬 / 度胸がある」という基準を男女によって変えている、 ということなのかね? まあどうでもいいか。 つうか、じつは愛敬と度胸はかなり似ているのではないか?
(21:59)
ねむいっす。

Jul 28 [Wed]


(13:50)
ふと思ったことその1:
NY って旅行者に対してすげーー不親切な国 (あえて米国とは分けておく) だよな。 もうどうしようもないくらいに不親切。こんなとこに観光に来るやつの気が知れない。

ふと思ったことその2:
なぜ日本でオープンソースなソフトウエアがはやらないのかという話。 もちろん技術的な問題はあるとしても、ほかにも原因があるんじゃないか。 思うに日本より「ケンチャナヨな国」のほうが、よりこういうものは流行りそうだ (ここでいう「ケンチャナヨな国」とは、べつに特定の国をさしているわけではない、 どの外国も多かれ少なかれ日本よりはケンチャナヨである)。 というのは、日本人は一般的に「ちゃんとしたもの」が好きなのである。 ここでいう「ちゃんとしたもの」とは、企業の名が冠されているとか、 どでかい底上げパッケージで包装されているとか、 マニュアルがちゃんとした紙にちゃんとした印刷で書いてある (でも意味不明) とか、 バージョン番号に 1.0 以上の数値がついているとか、そういうことだ (これをいうと Python 3000 のことを思い出すなあ…あれ結局どうなったんだろ)。

(14:22)
やべー。またティッシュ洗濯しちゃった。

ちなみに、今回の旅行は風邪もひかず体重もあまりへらずほぼ無事に帰ってきた。

旅先で得たもの:

旅先でなくしたもの:

(19:02)
こないだ chocolate bar nyc で買った「72% super dark」をさっそく食してみた。 いかにも手づくりっぽいパッケージングにいいかげんな形成。 ここまではいいのだが、しかし、たしかにダークではあるがダークすぎた。 なんか、「ほろ苦い」というよりも完全に「ニガイ」のである。 そしてあんまりおいしくない。なんかコナっぽいし。やっぱり、 ただ「ダークである (カカオ含有量が多い)」という条件だけでは チョコレートはウマくならないんだなあということを実感。 当然のことだけど。やはり Ritter Sport の Dark (ドイツ語版では halbbitter) が一番だという結論なのだが、 でもいったいどういうレシピが「うまさのヒケツ」なのかしらん。 なにか手を入れているのか。それともプロセス自体に秘策があるのか。

Jul 28 [Wed]


(01:23)
帰ってきたら、navneet がいた。それはいいとして、部屋にはもうひとりインド人がいた。

おまえら〜〜〜〜〜〜〜!!

ところで (てくるで) 旅行中に思いついた疑問:
「牛肉」や「魚肉」はそれぞれ「ぎゅうニク」「ぎょニク」と読むのに、
なぜ「豚肉」は「とんニク」と読まないのか?

ちなみにもう24時間以上起きている。死ぬほどねむい


おしらせ

7月7日から 3週間ほど旅行にいってきます。PC は持っていかないので、 そのあいだこのページを更新することはできませんが、手紙を出すことはできます。 新山の旅先から絵ハガキを受けとりたい方は、住所・氏名を (できればローマ字で) 書いて までお送りください。旅先でもメールを読めるときは読みます。 基本的にすべての人にお便りを出すつもりです (どこの国から出すかはまだ未定ですが)。 なお、すでに新山が住所を知っている方の場合は、この作業は必要ありません。 その場合は本人が望むと望まざるとにかかわらず、強制的にハガキが送られます。

Jul 07 [Wed]


(10:16)
あちーなー、なんか今日。

ところで、いまさらもう遅いが、床屋に行っておくべきだったかもしれない。 このままでは帰ってくるころにはボサボサの菩薩地蔵になってしまう (ひとりで爆笑)。 まあ、向こうで床屋に行くって手もあるけど、言葉がわからないところでそれはちょっとなー。

(12:55)
ヒマだから大学に来て研究をすすめる。 てくるで (ところで) 今回買ったこのバックパックだが、 あちこちにポケットやわけのわからんカラクリがついてて まるで忍者屋敷ふうに複雑なのであるが、横幅がわりとでかい。 なのでふだんの自分の「車幅感覚」と変わるため、うっかりしていると駅の改札などで 予想外のところに「ゴツっ!」とぶつけたりする。
(14:24)
雑用。H嬢に cvs を教えているくらいなら自分でやったほうが早いので、 ついつい自分でやっちゃうんだけど、こういうのってよくないなあ。
(14:49)
ちなみに、この旅行はただの個人旅行であって、学会じゃないですよ。 だからバルセロナに寄ったりはしませんのです。
(16:19)
Amazon で注文していたデジカメのメモリカードが、たったいま来た。間に合った。

しょっぱなから素晴らしいノドモトぶりだ。

Jul 06 [Wed] (追記、7日)


(02:20)
きょう (きのう) もひどく忙しくほとんど日記かけなかった。 そういえば 8av. にある Chocolate Bar NYC に行ったのだが、 ようするにここはチョコレートとココアの専門店であるが、なんだかコジャレた店だった。 内装もなんだかみょうに気取っているうえに高い。味はそんなにひどくなかったけど。 ちなみに板チョコも売っていて、カカオの含有量がそれぞれ 40%、60%、74%、85% そして 99% (ってなんだよソレ? ほんとにチョコレートか? ただのコナのかたまりじゃないのか??) の チョコレートがある。非常に気になったので 74% の "super dark" を買ってきてしまったが、 この味がわかるのは旅行から帰ってきてからになりそう。

それから、さいきん自作メーラの web インターフェイスを作って使っている。 入出力をほとんど抽象化してあるので、インターフェイスの作成そのものは 1時間ちょっととでできた。 そしていろいろ使ってみた結果、このインターフェイスは圧倒的に正しいということが わかった。もちろん画面は非常にシンプルでおそろしく低機能なのだが、このシンプルさがいい (画面上にはコマンドを入力するフォームがひとつと、テキスト出力のための領域がひとつあるだけ、 あとは何もない)。自画自賛。Gmail は使ったことないのでわからないけど、いわゆるふつうの (hotmail なんかの) web メーラよりも全然つかいやすい。なにより、シェルと同じコマンドが入力できる。 いちおう multipart の表示も可能 (添付はまだできないけど)。問題は、セキュリティである。 いまのところメールはすべて自分のホームに置いてあるので、web からアクセスする場合には cgi を yusuke 権限で動かさねばならない。これはちょっといやだ。 それと、これはコマンドラインで使っているときにも感じたことだが、やはり Python がおそい。 ふだん使ってるときにはあまり気にならないが、ちょっと複雑な検索をするとひっかかったような感じになる。 ちょっと profile をとってみたら、毎コマンドを起動するだけで 0.15秒もかかっていた。 これに加えてさらに

の操作が毎回コマンドを起動するごとに起こっている。 しかも、データベースにはいまのところひどく簡単な構造のものを使っており (ただメールのファイルをいくつかのディレクトリにハッシュして格納し、 時系列にソートして並べてあるだけ)、インデックスとかを別につくっていないので、 メールをひとつ表示するごとに毎回 email.Parser でパーズしているのである。 こりゃ、遅いわけだ。おまけにひとつのディレクトリ中に数千のエントリがあると、 スキャンするだけでも ext2 の制約により避けがたく遅くなる。なんとかせねば。 データベースには今後 Metakit なぞを使って高速化することも考えられるが、 Python の書き方自体でも不満がある。セッション情報をいちいち保存するというのは、 どうもあまりきれいじゃないのだ。バグも見つけにくい。

いまひとつ考えているのは、データベース操作部分をデーモンとして daemontools かなにかで常時起動しっぱなしにしておくことである。 通常のコマンドはそれとの通信のみを行う。こうしておけば、 いちいち Python 起動やセッション情報の操作にかかわる部分を省略できるだろうからね。 つまりこれはメールクライアントでありながらサーバであるという、 「メールクライアント・サーバ」ということになるのかな…? cgi から起動された場合は (適切な認証をへて) そいつと通信させるようにする。 この場合は cgi は nobody で動くのね。さらに、同一ユーザ権限のプロセスが コマンドラインから起動されたときはなにか認証をすっとばせるようにしたいが、 簡単な方法はあるだろうか。一般公開するのはこの書き換えができてからだな。 (今のバージョンはあまりにも「セキュリティホールができやすすぎ」て、 ふだんなんだかんだ言っている身としてはとても他人様にはお見せできないような構造をしている)

それから、基本的にこれらのコマンドはどれも stateless にできているのだが、 web 上から使う場合はメッセージの編集 (compose, edit) だけが「継続」っぽいものを 使う必要がある。なぜならこれは 1コマンド中に「これから編集します」→「エディタ起動」→「編集しました」 の状態があるからである。http ではこれらは別々のリクエストとして処理する必要がある。 いまはこれをアドホックな方法で対応している。ようするに 状態を切り分けたい部分で継続に渡す必要のある変数をぜんぶ列挙して、 それを (直接的あるいは間接的に) 受けわたしすることで実現しているのだが、 やはり継続を外部表現可能なデータとして持ち運べるようにできるとすごく便利なんだろうなあ きっと (stackless python では generator を pickle できるらしい)。しかし組み込みの継続は Jython が対応できないから入れないのだと Guido はいっていた。でも Python なら、 この「ステート分割」の作業を自動化することによって、 「ソースレベルでの継続化 (変な日本語)」ができるんじゃないか? つまり、

というふうにできないかな? 結局、継続ってのは「コード中のある地点における (束縛されている) 変数および状態の一覧」なのだから、これはソースを解析して 各時点でのスコープ中の依存している変数すべてを割出せばいい。 Python ではこれは比較的簡単だと思う (AST のライブラリがあるし、とくに 「すべてのスコープが明示的」という特徴はかなり有用だ、 なぜならこれによってよその部分まで参照する必要がなくなるから)。 暇があったらそういうコンバータを作ってみようかな。 しかしこれは Python の哲学に沿っていると言えるのか。よくわからない。
(04:53)
荷作りをしてたら気づいたのだが、新山はもうずーーっと前に 東工大生協で買ったばんそうこう「サニープ W」をいまだに使っている。 というか、使っているというより、持っているだけ。これは大学院を出たあと いったん長野に持ち帰られ、「余ってるから」という理由でふたたび 持ってきてあったのだ。しかしいまの時代、こういう生活では 生キズが絶えないような状況はほとんどない。正直いって新山が この 10年でばんそうこうを使ったことなどほんの 2、3回しか覚えていない。 ヘンだなあ。

ちなみに飛行機はきょうの夜出発なのでまだのんびり寝ることにする。 寝つければの話だけれど。

ところでオレはまだ大田区田園調布本町の郵便番号を覚えていた。

Jul 05 [Mon]


(09:02)
ゲツヨウなのにやけに静かだな…と思ったら、 きょうは振り替え休日なのだった。アメリカにもさすがに 7月 4日だと振り替え休日があんのね。
(20:19)
AA は 8番ゲートです。
(01:19)
todo: あしたの朝、かならず郵便物を確認すること! アレがきている可能性が高い…
(追記 07、02:14)
この日はあれこれやってて全然日記かけなかった。 えーと、この日は午後から大学に行ったらピッタリのタイミングで ドシャ降りにやられて大変アレだった。きょうは図書館も休みだということを知らず、 PATH 駅からおりて図書館に本を返しに言ったらガッカリする。 そのうちに空模様があやしくなりはじめ「あーこりゃ来そうだな」と思って あわてて大学へ向かったのだが、5分もたたないうちにバラバラした雨になり、 デリで昼食を買って出てきたときにはもうすでに手に負えない (intractable) 雨に なっていた。デリの出口で、雨にけむるワシントン広場をみながらほかの客数人とボー然とたたずむ。 もうこの状況では一歩も外へ出れない。あるねーちゃんはその場で買ったものを開けて食いだしちゃうし、 困ったもんだ。かなり近くで雷が落ちたらしく派手に鳴っていた。で、5分ぐらい待ったのだが、 いいかげんアレな気がしてきたんでついに雨の中をつっぱしる。しかし、これがはずれた。 新山が出てからまたドシャ降り度が強くなったのだ。わずか 300メートルほどの距離なのに 雨が目に入って周囲が見えねーーー。で、大学に着くと 5分後にはものの見事に あたりは晴れに戻っていた。おとなしくあと 5分待ってりゃいいのに。 いつもオレはこういうときに間が悪すぎるよ。

大学のトイレで服をしぼる。はっきりいってビショ濡れだ。 風邪ひかなきゃいいけど。

Jul 04 [Sun]


(14:15)
はあ、これから navneet とひともんちゃくやらかさねばいけないので気が重いよ…。
(14:32)
終了。いちおう理屈は通したが、なんか気分がすぐれない。 ちゃんと理解してもらえたのかしらん。はあ〜〜〜

昨日から何をムズかっていたのかというと、navneet の同居人の話である。 話は簡単なことで、要するに彼ら navneet の友達 (ときどき入れ替わったり複数になる) は 「職をさがしている」という名目でこのところずっと泊まっていたのだが、 その滞在がのびにのびてもう 2ヵ月ちかくにもなっていた (過去の日記を見ると、 5月中旬からいることになる)。それで、新山は来週からしばらく留守にするのだが、 同時に navneet も月曜から 1週間出張に行くというのだが、「その間、彼らにこの部屋を使わせる」というのだ。 オイちょっと待て。さすがにもうこれ以上はごめんだ。…という話である。 そうすると navneet は「こいつはおれの友達だし、泊まる先がないんだ」という。 それは同情したいところだが、そりゃあそっちの問題だ。それにこっちはもうなんだかんだで 2ヵ月近くも タダで泊めてやっている。Navneet が「何も迷惑はかけてない」というのはわかるし、 実際彼らが気をつかっているのはわかるのだが、彼ら自身でさえいつまでいるかわからんという。 オレとしてはこの調子で彼らにいつまでもダラダラと滞在されるのは精神衛生上よくないから、 ここらでケリをつけたかった。しかし話を切り出すのに苦労したよ。

しかも、インド人にこういう「すじ論」を説明するのは簡単ではないことがわかった。 「お互いの関係をあまりだらけさせないために、ある程度の厳密さは必要だ」といったのだが、 わかってもらえたかどうか。彼らの理屈は「なにも物理的には迷惑かけてないからいいじゃん」というものだ。 たしかに 3、4日ならそれもいいんだけど、程度ってもんがあると思う。2ヵ月ともなると話は別だ。 オレは厳しすぎるだろうか? (むしろ自分としては「いままでよく我慢した!」と自分をホメてあげたい気分なのだけど。) それともこれは、日本人的な「本音とたてまえ」による誤解なのだろうか?? で、きのう micky (=大家、バングラデシュ出身) と会ったので、たまたまこのことを話すと、 彼いわく「あー、インド人ってのは機会さえあればなんでも利用する人種だから、 こっちが嫌というまでのらくらと居つづけられるよ。大家としてもそんな状況は歓迎しないが、 それについては同居人であるキミがいちど強い態度に出るしかないだろうね、まあ、頑張ってくれ」という。 これを聞いて覚悟を決めた。この機会に彼らを追いだすべきだ。 しかしこういう人情がからむ話はいつも疲れるよ。でも「オレの知ったことじゃない」という態度を取らなければならない。 今回はカネがからんでおらず、オレが一方的に強い立場だったのでまだよかったけど、 もっと疲れるケースは沢山あるんだろうな。あいかわらず、オレは世間知らずすぎというか、 ナイーヴすぎるのだと思う。ルームメイト探しのときにも思ったが、やはりオレはこういう実社会の問題になると まだまだ甘ちゃんだな。困ったことだ。

まあ、今回の件は Navneet の性格も関係してると思う。 彼はどっちかっつうと「オレが何をしようがオレの勝手だ!」というタイプなのであるが、 この件についてはそれは間違っている。 彼がひとりで住んでいる場合ならそれでもかまわないのだろうが、これは共同生活なんだから。 新山はそういうところはわりと保守的なのだ (それでも日本の基準からみればきっとルーズなほうだと思う)。 逆に Owen はこういう他人との交渉をものすごくキッチリやる人間だったので、彼といたときには 問題はなにも生じなかった。まあ彼の場合はちょっと生真面目すぎてアレだと思うけど (彼は真面目すぎてストレスためるタイプだ)、日本人にとっては彼のようなタイプのほうが理解しやすい。 やはり民族性の差ってのはあるもんだね。

きょうの結論: ビジネス相手にはインド人より台湾人を選べ。

ところで (てくるで) 今きづいたけど「話を切り出す」ってのはおもしろい日本語だ。 どんな材料から、何をつかって切り出すんだろうか。紙とハサミ?

(16:07)
なんとなくソワソワしているのでツウちゃんねるを見て気をまぎらす。 きょう一番の書き込みはこれ:
日立専用ザク

14 :仕様書無しさん :04/07/05 00:38
    三菱製ザク。足が勝手に外れてジオング体型になる。

ちなみに新山はガンダムについてはほとんど何も知りません (オレの中では「ガンダムについて語る人間 = 新山より年寄り世代」という構図である)。 それをいったらアニメについてほとんど何も知らないのだが、それはそれ。

(16:13)
Cornerstone Laid for Skyscraper at Ground Zero

きのう WTC 駅を使ったら工事現場にばかでかい国旗が貼ってあって何かと思ったのだが、 こういうことだったか。しかしこいつら対テロはみんな freedom だと思ってるらしい。 クソっったれ。

google://フリーダムまんじゅう/

(23:40)
図書館に本を返さねばならないので、てきとうに借りてきた文庫本をみんな読んだ。 万葉集は…とてもムリだからまた借りることにして、 あとは、山本文緒はたいして面白くなかった。山田詠美のエッセイは イタいことこの上なかった。これらはべつに新山の好みというわけじゃないのだが、 ほかに借りるものがなかったので、なんとなく借りてきてしまったのだ (ああいう図書館に置いてある日本語の文庫本というのはほとんどが寄付されたものなので、 基本的にどうでもよさそうな本しか置いてない)。でも山田詠美のエッセイについては、 ある意味おもしろいかもしれない。これはようするに「ニューヨークで黒人の彼氏つくりました」ということの 自慢と、その論拠として「いかに日本の男女はダメか」という愚痴および説教本なのだが、 いまの新山からみるとこの人ははっきりいって「ただいいように黒人に遊ばれてるだけ」にしか見えず、 しかもそれがなにやら自慢気に書かれているので、はっきりいって読んでらんないくらいに痛々しい。 まあ当時はこういうアホ日本人は多かったのだろうが (いまでもいるんだろうか…?)、 はっきりいってそのへんの黒人が日本をまともに理解なんてできるわけがなく、 これは作者の意に反してとても悲哀に満ちたものになっている。あきらかに黒人に合わせようと無理してるのがね…。 黒人が日本人のねーちゃんを好きってのは、99.9999% の理由が「便利だから」とか「カネ持ってるから」とかだよ。 それ以外ありえない。 ここでオレが「日本を理解」というのは「ニンジャ! ワーオ!」とかいってるレベルではなくて、 まじめに日本食や日本の景色のよさに理解を示す人のことである。そんなの、 たとえいるとしても 1万人にひとりぐらいだろう。白人ではもうすこし多いかもしれないが、 それは彼らが基本的に有閑階級だからである (キワモノ好きって人生に余裕がないとなれないよな)。 こっちにきてアメリカ人と日本人のあいだの感覚の断絶とでもいうものは、 もう絶対に埋まらないほど深いということがはっきりわかったので、 いまやこのエッセイのウソっぽさはかなり明白だ。というか、その断絶を埋める唯一の方法が 日本人が自分を積極的に「アメリ化」することなわけで、このエッセイでは山田詠美がどれだけ 自分でアメリ化しようとして無理したか、そのなれの果てをかいま見ることができる… (われながら残酷な書き方だ)。「異文化の相互理解」というものが「歩み寄り」であると考えると、 「日本人 - 黒人」の組み合わせの場合は、両者の距離を 100 として、日本人が 97 ぐらい歩み寄らねばならない。 いや、それを本心から好きでやってりゃー何も言うことはないのだが…マンハッタンで、日本人のいる寿司屋 (日本に比べれば値段は安いが、それでもバカ安というほどではない) に通いつめながら、 「ワイルドな労働者階級の人が好きなの」といい続ける日本人というのは、どうよ? 無理してるよなあ。これがエッセイとして売れたのを見ると (売れから文庫になれたんでしょう)、 日本人の重い病気のようなものについて、はからずも考えさせられてしまう。 まあこれからもしばらく治んないんだろうけどねこれは。buroguroteki.

そういう論理でいくと、新山は「日本(人)を理解している」とかいうアメリカ人をかなり懐疑的に見ている。 ウソつくなと思う。自分が育ってもいない土地のものを理解なんかできるわけねーよ。 キワモノ扱いするほうがまだ誠実な態度だ。同様に、日本人で、いわゆる 「オレは○○がホントに好きで理解している (○○にはフランス、インド、韓国などの地名が入ります)」 という人々も今のオレはかなり懐疑的に見るようになった。だからオレもマッシュポテト や R&B の真の良さなどは理解してない。それらはただ異国の珍品として好きなだけである。 しかし、まあ、まったく同じ論法で、オレは日本のことさえちゃんと理解していないのかもしれないな。

(01:55)
つづき。オレがこういうきわめて「土地バウンド」な考え方になっているのは、 自分が長野で育ったことも関係あるかもしれない。基本的に新山は 「生まれ故郷が近い奴ほど親しみを覚える」傾向があるようなので、 そういう意味じゃーこんな地球の裏側で生まれた奴にはまったく親しめないですね。

Jul 03 [Sat]


(14:00)
TODO:

出発の前にかならず図書館で本をかえしておくこと。

(14:41)
おもろしい事を発見した。

トーで検索すると、 どういうわけか結果には「ツー」の結果がふくまれているのである。 Googleは「メイル」→「メール」などの自動変換をおこなうので、これは「トー」と「ツー」が同じ単語の別読みである、 と認識されているのだろう。それはそれでなんかヘンだが、どうやら完全に同じとみなされているわけでも ないようだ。 ツーで検索すると、 最初の数個はおなじサイトだが、5位ぐらいから先が違う。こりゃなんだ?

さて、新山がなにを検索しようとしていたのかは秘密です。

(17:06)
Century21 でバックパックを買う。そのあと大学に来たら、 オフィスの部屋のカギを家に忘れてきたことに気がついた。 なんてこと。
(23:08)
親と iChat をする。が、ほとんど会話をしない。

父「・・・・・ (なんでも開運鑑定団を見ている (長野では毎週この時間帯なのだ)、チャットに映っている息子はほとんど無視)」
息子「・・・・・ (メシ食いながら web を見ている、チャットに映っている両親はほとんど無視)」
母「・・・・・ (向こうの台所でパン生地こねるのに必死)」

こういうのって、家族だんらんっていうのかなあ?

いや、実際、どんな話をしているのかというと、世間話か、人間検索エンジン (親が「海外にこんな製品があるらしいんだけど、調べてよ」と言い、オレが googleる)。

Jul 02 [Fri]


(11:44)
何度リロードしても同じもんは同じなのよ。けも
(16:01)
何度リロードしても同じもんは同じなのよ。けも
(18:08)
何度リロードしても同じもんは同じなのよね。
(21:09)
何度リロードしても同じもんは同
(00:45)
こういう人をひどく軽蔑しています:

こんなのオレの思い過ごしに決まってる。そうにちがいない。
(00:54)
きょうはトラベラーズ・チェック (なぜかこれだけは米語でも check ではなく cheque を使用する) を 買いに AmericanExpress のオフィスまで行ってきた。が、オバちゃんの態度の横柄さに激ムカる。 カードで買おうとしたら「MasterCard ではダメだから現金おろしてこい」だって。 しかも近所に銀行がなかなか見つからない。

さいきん面白い本を見つけた。O'Reilly から出ている「Hardware Hacking Projects for Geeeeks」である。 ようするにこれは「コーヒーメーカーをインターネット接続するにはどうするか」とか、 「パンにその日の天気予報を(焦げめで)印刷するトースターをつくるにはどうするか」とか、 「Linux と Xine を使って自作のハードドライブ・ビデオデッキを作る」とか、 そういう方法が書いてある本だ。基本的にアホなことをやっているのだが、内容は大真面目で、 回路図の読み方から始まって、どういうふうに組み込み web サーバを プログラミングするか、そして RadioShack で部品を注文するときのパーツ番号まで書いてある。 しかしとても初心者向けの本とはいえず、「ソフトウエアにはすでに十分詳しいが、 ハードはぜんぜんダメ」なオタクが対象らしい。まあ新山もそういう軟弱者の一人なのだが、 そういう人は多いと思うから、目のつけどころとしては 結構いいセンいっていると思う。それにしても、米国のすごいのはこういうのを日曜大工的に 作る人がけっこういるということだ。まあ暇人が多いということもあるだろうけど、根本的には もっと重要な哲学がありそうだ。米国ですげえなあと思うのは、車にしても家にしてもそうだが、 メーカーに頼らずなるべく「自力でなんとかしよう」という風潮があることだ。 これは日本ではみられない光景だ。日本には「モチはモチ屋」という言葉があるけれど、 日本人はなんでも既製品を買ってすませるということにわりと抵抗を感じない。でも こっちじゃ金持ちでも自宅の芝刈りとかペンキぬりぐらいは自分でやるのである。 それくらいのことも自力でできないような人はきっと仕事もできないに違いない、ということなのだろう。 日本じゃ、おばさんが家のペンキぬりなんて普通やらない (うちの母はそういうのが好きでよく ヘンなものをこしらえては見せびらかしているが、ありゃ周囲から見りゃ奇人のたぐいだ)。 米国人は「自力で生活すること」を非常に重視する人々らしい。そして新山はそういう態度は好きだ。 この本を見て驚くのは、こういうエレクトロニクス製品を相手にしてさえ彼らは 積極的に「自力でモノにしよう」という態度をとっていることだ。これは立派である。 政府や大企業からなるべく独立したいという雰囲気がそうさせるのか。こういうところにも、 実学重視の根っコみたいなものがあるのだろうし、逆にたとえば日本で PC-UNIX を“活用 (ただ道楽でインストールしてみましたというのではなくて、実際にそれを便利に使うということ)” している人がぜんぜん少ないのも、みんな既製品のソフトウエアを使ってなんの負い目も感じてないからだろう。

で、もしかするとこの傾向にひとつ関連しているかもしれないのは、 日本の電化製品や機械一般の信頼性の高さである。こっちじゃなんでもブっこわれるのは当たり前ぐらいの 勢いでブっこわれるので、いざというときには自力で生活できないと困る、という不安もあるのかもしれない。 でも日本じゃとりあえずほとんど何もかもが完璧に動くもんな。電車は停電しないし、 エレベータは暴走しないし、VAIOは壊れるけど。しかし日本の完璧主義指向がうまくいくのも、 おそらくハードウエア主流の時代までだ、と思う…。ソフトウエアの世界ではそれは幻想だ、 ということに気づいている人は少ない (これは米国でさえそうだ)。 この危険に比べりゃ、著作権とかソフトウエア特許とかプライバシーなんかどうでもいい瑣末な問題だ、 とさえ思うのだが、結局、文系でもテキトーに議論できそうな問題しか問題と認識されないんだよね、 かの国では。

(02:13)
寝つけない。ムカつくことがあるとだめだ (トラベラーズチェックの件じゃないよ)。

訓読みの普及の話について続編。こないだ図書館で借りてきた 万葉集 (註釈・中西進) を読んでいると、ここには原文がついていて、 これはいわゆる漢字に音をあてた「万葉がな」で書かれているのだが、 もうすでに訓読みが頻繁に使われている。たとえば「ありつつも」は「在管裳」などといったぐあい。 万葉集ってのはほぼ西暦 750年ごろに形成されたと書いてあるのだが (複数人の手で段階的に編集されてきたので、正確な年月は決められないらしい)、 もうそのときすでに日本では訓読みがかなり普及していたんだな (といってもそのころに文字が読めた階級などごくわずかだっただろうけど)。 あいかわらず新山は古文がニガ手なので読む速度はトロいし (ふりがなでさえその語感をつかむのに時間がかかる! 「なにはのたかつのみやにあめのしたしらしめししすめらみこと」なんて、 声に出すだけでひと苦労だぜ?)、歌の趣旨にもたいして共感しないのだが、文字はおもしろい。 あいかわらず暗号解読の気分を味わえる。

しかし古典とゆーのはだいたい写本のバージョンによって内容が微妙に違っているのがふつうだ。 平安時代の人々は CVS の使い方を知らなかったんだな。

(ヤバい! もしかしてジョークが微妙にアメリ感化している??)

Jul 01 [Thu]


(08:54)
7月へようこそ。うん。そう
(10:52)
領事館からのお知らせ。さいきん、やたらと地下鉄内・地下鉄構内での発泡事件が 起きているんだそうな。この一ヶ月で 5件。駅構内はともかく、車内で撃たれたらいやだな。 犯人が特定されてないケースもある。 「駅構内で何者かに撃たれた」とかいうのは非常に不気味だ。いったい、どういう 状況で撃つんだろう? ケンカかなにかがあったのであれば話はわかるが、 何もしてないのに歩いていていきなり撃たれるというのではどうしようもない。 銃を撃ちそうな人はなにか特徴でもあればいいけど、さすがにオバちゃんとかがいきなり 銃を出すってことはなさそうだけど。 MTA地下鉄のことしか載ってないが、PATHではどうなのか。しかしどちらにせよ、 どうやって注意すりゃいーんじゃ。通常の時間帯に起きてるというから、 こんなもんは当たるか当たんないかはほとんど運だろうな。

ところで、PATHを見ていると、この電車ってすげーいいかげん。 新山は日本では東急線ユーザだったのでおよそ東急線のことしか知らないが、東急では 運転手はちゃんと指呼確認してたし、なんかいちいちかけ声を言いながら運転してた。 でもこっちでは、運転手は発車ギリギリにドアが閉まる前に乗りこんできて (こちらの電車では日本のように「運転手専用のドア」というものがないので、 運転手も車掌も乗客と同じドアから入る)、あわてて運転室のドアを閉めて やおら発車、とかいうケースはざらにある。ほかにも線路作業員を乗り降りさせるために 変なポイントとかトンネル内 (!) とかでいきなり止まってドア (一箇所だけ) を開けたりする。 そいつらが車掌と談笑しあっているのを見ると、この電車にとっては彼らが主役で、 「お客はオマケ」なのではないかと思う…。ま、そんなもんでいいけど。

(14:17)
また cdb 信者をひとり増やした。 ソフトウエア開発をやっててこれを知らないのは人生ソンしてると思う。

慣れてくると特定の用途に専用のデータ形式をつくるよりも、 なんでも cdb の枠組みで扱ってしまったほうがラクなので、 結局ほとんどの仕事で cdb を使うようになってしまう。

(18:22)
なぜエンジニアであることが素晴らしいか、というその理由

このおっさんの eval evil な顔がすばらしい。


Yusuke Shinyama