2011年4月

Last Modified: Thu May 5 18:14:12 UTC 2011

/29 [Fri]

@09:39

とある会社のパスワード変更規則だと。

********************************************************************
** STOP! パスワードを再設定してください。
** そうしないとあなたのネットワークアカウントは使用不能になります。
********************************************************************

あなたのパスワードは:

…なんか矛盾してるような気がするが、 最後の規則に真面目に従うと、新山はすでに y、u、s、k、e、h、i、n、m、a の アルファベットを使えないことになる。なぜならこれらはすでに「自分の本名の一部分」だからだ。 これですでにパスワードの安全性はかなり落ちてるよな、let alone the fact 変更のための手間を上げることで漏洩のリスクがでかくなるし。 はっきりいって、社会常識のない人間にシステム管理をやらせることが 一番のセキュリティリスクだ。(でも、そういう企業はじつに多そう)

/28 [Thu]

@21:10

筆記体を読めない子供が増加中だってさ。 まあ、そうだろうな。しかしこういうのを見るにつけ、日本は妙に「近未来の国」であると感じる。 行書や草書を読める人間がすでにほとんど絶滅した (そして変体仮名の名前をもつ人々も消滅しつつある) のに比べると、 欧米はまだまだ発展途上国って感じだ。しかし、これこそ「発展するのがいつもいいとは限らない」って例だな。

@01:08

鉄は熱いうちに打たないとね。。。

/28 [Thu]

@01:08

It's official: Americans are studpi.

まったく、いまさら何やってんだ? こいつら。 まるで放射能汚染のあとに大相撲の八百長疑惑を心配してるようなもんだな。

/26 [Tue]

@07:35

いやー、夢でよかった! それにしても、夢の中でも既成事実というのはこわい。

Life is too short to save or destroy the world.

(追記) しかし、いつも目が覚めてから思うのだけど、 夢の中の新山はじつに頭が悪いな。

/25 [Mon]

@20:07

今日ふと恐しいことに気がついた (いや、ぜんぜん恐しくない)。

社会人の基本とえば「ほう れん そう」であるが、 ホウレン草には鉄分が多く含有されていることが知られている。 で、思ったのだが、ホウレン草の根っこ付近の赤い色、あれは鉄分によるものじゃないだろうか? さらにいえば、ホウレン草をおひたしにしたあとしらばく放っておくと 根っこに近い部分が黒く変色するが、あれは鉄が酸化したためと考えることはできないだろうか?

あれこれ検索しても definitive answer は見つからず。 こういう質問は「子供電話相談室」向けだな。だれか質問してくれ。 quack.

/24 [Sun]

@10:21

朝から放送塔の「今日は投票日です」というアナウンスに起こされるほどムカつくもんはないよな。

@13:24

厄災の原因は個々のインスタンスにあるのではなく、クラスにあるのである…と思う。

/23 [Sat]

@09:58

朝から選挙カーに起こされるほどムカつくもんはないよな。

(追記) 区議ぐらいだと、自転車や徒歩でメガホンもって演説している人もよく見かける。 正直にいって、市議とか市長ぐらいの選挙が一般人にとって一番“投票しがいのある”選挙かもしれないとも 思うのである。なぜなら一市区町村ぐらいなら何が問題かが見えやすいし、全体像もある程度までは 把握できるから。知事とか国会議員レベルだと、もう範囲がデカすぎて、何がどうなってるんだかわからん。

(さらに追記) とはいえ、いちばんメディアでの扱いがいい加減なのも市議会選挙だと思うけど。 身近な話題ほど真剣に報道されないというのは皮肉なことだ。

@10:56

ワーオ、この雨は何だ!?

@12:13

また降ってきた。まあ、センタクほとんど終わったからいいけど。

/22 [Fri]

@00:38

さて、東電が出しているあれやこれやの PDFはとてもオモシロイ。 内容がではなくて、これらのPDFの多くには新山が探し求めていた V=4 の公開鍵署名がついているからである。野生に出回っているPDFで、 こういうのはほとんどなかった。それにしても、こういうの見るたびに思うのだが、 PDFの仕様って終わってるよな、ホントに。

/19 [Tue]

@18:57

nande 雨

@21:38

shotgun と shogun って似てるよね。

/19 [Tue]

@01:28

じつはこの週末は Minecraftにハマっていた ということは秘密である。

/17 [Sun]

@10:14

朝から偏頭痛。 (もう朝じゃないって? 宇留差井)

(追記) FVWM 2.6.0 リリース

@19:43

きょうから区議会選挙が始まったらしく、非常にやかましい。 都知事選のときは静かでよかった。なぜああいうよい風潮を繰り返さないのか? どうでもいいけど (どうでもよろ)、多くの候補カーが 「脱原発をめざし云々」という文句を挙げているけど、 オレの疑問は「あんたら区議に原発なんてカンケーあんの?」とゆうことだ。 中野区に原発を誘致しようっていうんならともかく (←これならオレは賛成するね)、 もっとローカルな問題をとりあげろよ。

ちなみに、新山は東電の原発をつくるんなら東京都内でやるべきだと真面目に思っている。 自分達のリスクは自分のところで負うべきだ。台場あたりならいいんじゃない? 津波もこなそうだし。

/16 [Sat]

@23:24

きょうは昼間、暑かったのに、夜になったらぐっと涼しくなった。

時計をゲット。島忠ホームセンターで 980円也。

/15 [Fri]

@21:12

終末 週末の目標:  時計を買うこと。

ゆうべ、いきなりうちの目覚まし時計がブッこわれたため、 今日はまともに朝起きれるかヒヤヒヤだった。新山はずっと 旅行用の世界時計を目覚まし時計として使っていた。NYでもこれを使っていたし、 もう10年以上、新山の荷物とともに世界各地を回ってきたのだが、 そろそろ限界のようである。なにがおかしくなったかというと、ふつうこういう時計は 2つのダイヤルがあって、ひとつは現在時刻を調整するツマミで、 もうひとつはアラーム時刻を調整するツマミだ。ここがどうやらおかしくなったらしく、 目覚ましの調整がきかない。しかし変態なことに、 現在時刻を調整するツマミを回すとある条件下ではアラーム時刻も変わるのだ! 「ある条件」とは、現在時刻の短針とアラーム時刻の針がおよそ 170°をなすときに 現在時刻の針を反時計周りにまわすとアラームの針もそれに引きずられるように回るのである (この種の時計では機械的なスイッチを使っているので、アラームがactivateされる時に あの「カチッッ」という音がするからわかる)。したがって、 現在時刻の針をうまいぐあいに調整すれば「いまから n時間後にアラームを鳴らす」という 設定はできることになる (当然、現在時刻の表示はメチャクチャだが)。 今朝起きれたのはそういう理由であった。きちんと7時半ごろに目覚ましが鳴って起きたので、 「勝った!!」と思った。しかし、月曜までに新しい時計を買わなくっちゃ。

個人的に、以下の条件で探すのが望ましい:

/14 [Thu]

@20:10

progleeeammming

/13 [Wed]

@07:42

馬鹿じゃないと
出来無井

@07:44

「合法的なビジネス」と「詐欺」の違いは、その持続性の差だけである。 (らしい、見たところでは。)

@07:46

お役所にまともなコスト-利益分析ができるはずがない、 なぜなら彼らは「金を使う」ことはあっても、 「金を稼ぐ」ことはまずないのだから!

/12 [Tue]

@20:26

evil - DELICIOUS - evil - DELICIOUS - evil - - evil - DELICIOUS

malicious - TASTY - malicious - TASTY - malicious - TASTY TASTY - malicious

That's the meaning of life.

/11 [Mon]

@19:11

キョーーは夕方、トイレで小便しているあいだにグラッっっときた。 まったくもー! よりによって両手がふさがっているときに。
なんて
こっ太

@19:20

ところで (てくるで) 思ったのですが。。。

お年寄りの「落ち葉マーク」あるいは「免許返納制度」みたいに、 あんまり歳をとった人々は選挙権も返納したらどうなんでしょうか。 彼らにまともな選択ができるとはあまり思えないよ。 (といって、若者もそれはダメそうだが)

@21:52

consistency
persistency
subsistency

@23:04

ArchLinux をインストールして8ヶ月たつが、 そろそろこいつの cutting-edge ぶりには嫌気がさしてきた。 全体的なセンスは非常にいいのだが、なにが怖いって、 こいつはある日、突然に動かなくなるのである。 なんしろ日々アップデートしているので、pacman -Syu したらいきなり Flash が使えなくなったり、サウンドデバイスの名前が突然変わったり、 ひどいのはネットワークが使えなくなるなんてこともあった (どういうわけか e1000e とルータの相性が悪い)。 しばらく使って慣れてきて「自分の気に入った状態」を長く保持することができない。 われながら、よく懲りずに使っているもんだと思う。というか、 ほかにたいして候補もないのだ…。Arch は速すぎるが、 Debian はアップデートが遅すぎる。Gentoo はめんどくさいし、 Ubuntu は複雑すぎるし、いまさら rpm を使う気にならない。 …こんなこといってると、また「Slackware がいい」とか言い出しそうな気がするぞ。

@23:58

売名行為ってさぞかし面白いんだろうね。

/10 [Sun]

@12:22

IEEE Spectrumのこの特集ページはいつまで続くのやら: Japan's Nuclear Emergency

…まったく他人事のように書くが、いったい福島の原発は今後どうなってしまうのか、 じつに興味をもって眺めている。 新山の疑問は、コンクリート詰めにする以外に、なにかこれ以上やりようがあるのか、 ということだ。東電が情報を出さないのでなんともわからないが、 いまとりあえずの応急処置しても、長期的にはこれ以外の手は残っていないんではないか? 新山は原子炉の廃炉のプロセスについてまったく知らないが、もし廃炉するとしても 少なくとも燃料が完全に冷えるまで数年間は安定に保存する必要があるはずだ。 そしてそれはきちんと安全性が確認された、信頼できる設備を使わなければいけないのである。 あれだけ想定外と騒がれたあとで、いまの福島第一原発にそういう信頼できる 設備が残っているというのは信じがたい。新しく廃炉のための処理施設を作るとしても、 それは現在の原子炉のすぐ近くに作る必要がある、なぜなら使用済み燃料棒なんてのはアブなくて とても遠くまで持っていけないから (あるいは、そもそもまったく動かせないのかもしれない)。 そもそも炉のほとんどがブッこわれていて、人間が近づけないような状態で、 いったいどうやってきちんとした後処理をするというのだろう。人間なみの精巧さがある 巨大ロボットでもあれば話は別だけど。…ということで、新山の予想としては、 コンクリ詰め (あるいはそれと同等の投げやりな処理) 以外に今後どーーしよーもないだろう。 いま東電が長期的なプランについて何も言わないのは、一種の日本的な「反省」のポーズというか、 おそらく世間のほとぼりが冷めるのを待っているか、 あるいはより格好のつく言い訳を考えているからだと思うんだけど、 それが賢い選択かどうかはなんとも言えない。

これは誰かが言っていたことだが「大企業というのは精神分裂的 (schizophrenic) にふるまう」 ことが多いのだそうな。つまり、複数の人間の思惑が交錯しているので、 つじつまの合わない意思決定がされることが多いというのである。 ま、なんにせよ、オレは大企業に就職しなくてよかったよ。 たとえ生活が安定しなくても他人に威張れなくても、自分の性格を曲げる必要がないからね。

…しかし、こういう用法では「精神分裂」を「統合失調症」と言い換えるのはむずかしい。

@20:46

最近、2年ぐらい前に読んだ "Unthinkable" をまた読み直している。 これはまだ感想を書いてなかったが、非常におもしろい。 "Self help" に分類されてるのが勿体ないくらい。 それで思ったのだけど、この本で書かれている「パニック」と最近起こった「買い占め」の間には 関連があるような気がする。この本には、群集によって起きた物理的なパニック (非常口に人が殺到して死人が出るとか) の例とその発生条件についての研究が 書かれているが、似たような条件はおそらく他の集団ヒステリーにも適用できそうな気がするからだ。

この本によれば、物理的なパニックについてはすでによく研究されており、警察や航空機の乗務員などは 群集や乗客にパニックを起こさせないための訓練を受けている (少なくとも米国では)。 また、ここには「群集のパニックはしばしば被害が出たときの管理側の言い訳として使われ、 たいていは個々人のだらしなさに責任が押しつけられがちであるが、 技術的にはパニックは予防可能であり、パニックを起こした施設にも監督責任がある」 と書かれている。

それで思ったのだけど、もし物理的なパニックが抑制可能ならば、 買い占めもある程度は抑制可能なのではないか? これについてどれくらい研究されているのかは知らないが、 今回の買い占めが「バカな個人のせい」ということにされている (新山もわりとそう思っている) のに対して、もし政府やマスコミや店が事前に対処していればこれは予防可能だったのかもしれない、 という見方もできる。いっぽうで、公共広告機構のような人々がやっている 「人間の良心に訴える」というやり方はあまり効果がないだろう。 これは差別やゴミ問題や温暖化問題などにおいてもそうだが、 基本的にこういうやり方は表面的には効果があったように見えるだけで (たいていの人にとって上辺をとりつくろうのは簡単だから)、 問題はより深い部分にもぐるだけでちっとも本質的に解決していない、といったことが多い。

@21:07

軍隊・自衛隊について最近思うこと。 たいていのサヨクな人々と同様に、新山もこれまで“軍”というものが嫌いだったし、 自衛隊も好きじゃなかった。しかし、米国から帰ってきて、軍隊についての見方がすこし変わった。 そしてとくに震災があってから考えていたのだけど、基本的に (平和な時代の) 軍隊というのは 国にとっての“非常電源”のようなもんだということに気がついた。 なぜって、基本的に軍隊の人間が (平常時に) やっていることというのは、 ほとんど「避難訓練のすごいバージョン」のようなものだからである。 つまり彼らは「非常事態のプロ」なのだ。 現代では他国の侵略をしないわけだし (←米国はまだ大好きみたいですが、少なくとも日本は)、 これほど経済的な相互依存が強くなったいまではもはや中国が大挙して攻めてくるということも考えづらい。 キッシンジャー『外交』などを読むと、西欧における軍隊は伝統的に 抑止を意図したものだったと書いてあるが、現代では災害などで国の機能が一時的にマヒしたときの バックアップと考えることもできる。だから多くの国では軍の指揮系統や交通・物流・司法などが 文民の生活とは別系統のシステムになっているし、最悪の場合は軍隊だけで自律して 動けるようになっている。ただし、あくまでこれは「非常時」のためのシステムなので、 ふだんはただ待機しているだけだし、非常時でも動けるのは少しの間だけである。 そしてできることなら、このようなシステムは一度も使われないほうが望ましい。 なぜなら、非常時のシステムというのは通常のシステムに比べるとずっと効率が悪いからだ。 また、軍隊が自律して動けるとはいっても、本来脇役にすぎない “非常電源”にあんまりパワーを与えすぎると、どこぞの国のように勝手に暴走して 本体を乗っ取ってしまうということが起きる。それでも、こういった非常系のシステムを 準備しておくことは、それなりに意味のあることだと思う。

で、さらに思うのだが、いまの日本では「自衛隊」というのは一般人にとって非常に縁遠い存在である。 少なくとも新山にとっては、自衛隊の人々というのは、政治家とか裁判官とか芸能人とかよりもはるかに縁遠い存在だ。 これはある意味で不幸だと思う。なぜなら一般市民は国が用意している「非常時のシステム」について もっと知っておくべきだと思うからだ。それは避難訓練で消火器の使い方を (ちょっとでも) 知っておいたほうがいいのと同じである。現在の日本で、 本当に侵略されたときの防衛を自衛隊に期待するのは現実的じゃないと思う (正直いって、彼らに本当にそんな能力があるのかどうか疑わしい)。 それでも、もうちょっとソフトな「非常時」に対しては彼らは十分プロなのだから、 一般市民が彼らの「軍隊的な考え方」にふれておく機会があってもいいと思うし、 そういった集団としてなら自衛隊はよりまっとうな尊敬を受けられそうな気がする。 …問題は「国家の強さ」というものを、まるで自分の強さであるかのように 投影して考える青少年くさい方々 (失礼…manlyな方々とでも言おうか) がいつも必ず一定数いて、 こいつらが「もっと軍備拡張を!」とか騒ぐせいで、自衛隊全体がキチガイの刃物のように 思われてることだ。こういう連中のせいで、自衛隊はだいぶイメージ的に損をしているよ。

/09 [Sat]

@15:41

GNOME 3.0 リリースだとさ。 なんか、ようやく ひと昔前の Mac OS みたいだ。 とはいえ、本家 Mac もたいしてUI的には変わっていない。 基本的に GUI 関連の進歩は停滞してしまったように思われる。 それも当然といえば当然で、もはや既存の UI の枠組みに慣れてしまった ユーザが圧倒的に多いので、たとえ彼らに斬新なアイデアがあっても もう実行できないのである。それにもしUIを根本的に変えられたとしても、 人間の認知能力なんつうものはたかが知れているし、新山は ますます視覚への依存が強くなっていることに不安をおぼえる。 まだ新山はUIには興味あるのだが、「G」UIでないUIのほうに むしろ興味をもっており、自分はといえばあいかわらず fvwm + kterm + screen しか使っていない。 (このへんは歳をとってガンコになってきた面もあると理解している。 でも、それはそれで味だろう)

/08 [Fri]

@07:52

ワオ、 新・コモドール64発売!! だとさ。近代的な USB、Ethernet, blu-ray、HDMI などがついていて、Linux上で Commodore エミュレータを走らせている (Windowsもインストール可)。外見はもとのC64とそっくり。

…オルトマン氏によると、想定されるユーザ層は2種類あるという。 「レトロっぽく見えるコンピュータを欲しがる非常に若いユーザは沢山います。 そして、もちろん30歳か40歳代で、むかしコモドール64を持っていて ノスタルジアがある世代もいます」
海外では、往年の「学生でも買える安価PC」といえば Commodore 64 と ZX Spectrum であったらしい (一方ハイエンドなマシンは Apple II、PET 2001など)。 日本でも新・MSXとか出せばいいのに。(新山はMSXユーザじゃなかったが)

/07 [Thu]

@08:05

春なのに、朝すんなり起きた。

/06 [Wed]

@20:49

きょうは昼休みに買い物へ行き、無事に納豆と食パンをゲットした。 しかし会社の人に聞いたところによると、まだ納豆でさえも買い占めてるバカがいるそうな。 許すまじ。でも納豆ってそんなにもたないじゃん! どーすんの? その後、夕方に家に帰ってきてから近所のスーパーに行ってみると、 やはりどちらも売り切れていた。じつはきょう気づいたんだけど、 じつは納豆の工場って、歴史的に東日本に多いんではないかと思う。 関西ではあまり作ってなさそうだ。それに、茨城は納豆で有名である。 でも、それじゃ食パンはどーなのよ??

そして、今度はヨーグルトがなくって探している。まったくもー

/05 [Tue]

@08:00

最近、じつによく眠くなる。春だからか

sub-par な眠り

@19:46

明日の野望: 納豆を買うこと。

ホンタォーになァー。おそらく買い占めではないのだろうが、 どこのスーパーでも夕方に納豆が売り切れているところが多すぎる! まあ会社の昼休みに買えばいいんだけどね、忘れなければ。

@21:59

なぜIT系の求人はどれもこれもツマランのか? 日本の話ではない。新山はいまだにNYU学生向けの 就職関連情報が流されるメーリングリストを購読しているのだが、 ここにはありとあらゆる企業・団体の求人が流れる。 しかし、どれもこれもつまんなそう。 募集先は新興IT企業 (いわゆる startup) が多いが、 図書館とか、シンクタンク、動物園、TV局、国連などもある。 要求されるスキルを見ると PHP や SQL が圧倒的に多く、 ほかにも Flex, MongoDB, CoffeeScript なんてのもあった。研究職では Matlab なんかも見かける。 そして一番の問題は…事業内容である! まあ、新興企業なんかは 「事業内容自体が秘密」ってところも多いのだが、明記されているのを見ると どれもこれもつまらない。「私たちは飲食店サイトに革命を起こします」 「個人ファイナンスとトーレディングです」「次世代ソーシャルネットワークです」 「デジタルメディアハブです」…うんぬん。そしてほとんどが“Web系”である。

新山には、これらの仕事がどのように面白いのかがわからない。 そりゃ、中には成功する企業もあるのかもしれないが、新山にとっては 「新奇性」のほうがはるかに重要である。しかもただ「新奇」ってだけではだめで、 実用性も高くなければだめである。好みがうるさすぎるって? そうかもしれない。しかし考えてもみてよ、すでに存在している サービスを改革しようとしても、どーせほとんどは他の人と似たようなものを また作るだけなのだ。チョット便利になったアプリできただけじゃ、 世の中はなにも変わらない。知り合いに twitter.com で働いているのがいるが、 なにがどう面白そうなのか全然わからん。twitter自体にたいして新奇性はない。 Facebookもしかり。Youtubeには…少しはあるかもしれない (あれだけの規模を獲得したって点で)。元Keyhole (今ではGoogle Earth とかいう名前で呼ばれている) もわりとユニークだと思うけど、一般人にはあんまり必要なかった。 地図でいえば google maps はたしかに便利だが、最大の跳躍は 「紙の地図 → mapion.co.jp」になった時点ですでに達成されているのだ。 この点で、Amazon.com は先駆的であるにもかかわらず、 いまだに代表格というのはすごいと思う。しかし一般的にいって、 もはや web アプリや携帯アプリが世界を変えるという時代はとうの昔に過ぎ去ったような気がする。 これ以後は、たんに前任者の作ったものをパクって微妙に改良していくだけだ。 C++ でキチガイ的な実装を書いていれば恍惚とできるような一部の人々はともかく、 「なにか新しい、わくわくするようなものを設計する」ことが好きな 新山のような人間にとっては、既存のこうしたほとんどの 情報系の求人はつまらないものに見える。世の中にはもっと面白くて、 しかも重要な問題があるはずだ。 ま、当然、すべての人間がこれに同意するとは思ってませんがね…。

(追記) 携帯アプリについていえば、これはそもそも最初から完全に不要であった。 そもそも新山は携帯電話すら持ってないのに、他の人と比べてもちっとも不便を感じない。 こんなものが本当に必要なのは、死にそうに忙しいビジネスマンか、 あるいは3秒以内にメールの返事を出さないと村八分にされる女子高生だけだろう。 どっちの人生もうらやましいと思えない。一般人にとっておそらく携帯の唯一の (電話以外の) 使い道は、オモチャとしての利用だ。 残念ながら新山はこれにもすぐに飽きるタチでして…。 いまだに、読書と文章書きとプログラミング以上に飽きのこない趣味はないな。

/04 [Mon]

@07:42

ぐっすり。

@20:07

震災からの復興について。ホントに日本人って復興したいの?

きょう会社で読んだ点毎にも「日本は復興する」みたいな記事が書いてあったけど、 そのよりどころがまたもや「世界が応援している」「世界が期待しているから」というものであった。 あいかわらず自意識まるだしというか。オマエら、他人がどう思ってるかどうかは どうでもいいんだよ! 自分はどうなんだ? …じつは新山はこれを疑っている。 神戸震災のときは、新山も若かったからかもしれないが、まだ日本の将来は明るいように見えた。 当時と比べると、いまの日本全体をおおう空気ははるかに 灰色だ。 そしてこれは地震が起きる前からすでにそうだったのである。 日本はすでにピークを過ぎていた感があったし、加えて “限界効用逓減の法則 (the law of diminishing marginal utility)”ってのがある。 もう物質的な豊かさは限界に来ていて、たとえこれから復興したとしても、 以前よりも良くなることはあり得ない…ということを、 みんな口には出さなくても思っているんじゃないだろうか。

少なくとも、新山はそう思っている。新山個人はわりと物欲のない人間で、 大きさとか、便利さとか、趣味の充実といったことはどうでもいい。 だからこれ以上、自分自身の人生がいまより物質的に貧しくなることがあっても、 たいして落ち込まないだろう。しかし…

今回の一連の災害を人間にたとえると「もともと生きる気力がたいしてなかった人間が、 肋骨を骨折して病院へ運ばれたら、そこで癌も宣告された」ようなもんである。 この状況で、日本はほんとうに今回の怪我から回復できるのか (する気があるのか)、 あやしい。苦難をきっかけにふたたび気力をとりもどすという可能性もなくはないが …まあこれは新山の杞憂かもしれない。もし年齢がこうした杞憂を生むのだとしたら、 歳をとるってのはよくないことだ。

@01:11

PCC 1.0 リリース

/03 [Sun]

@08:14

時差ボーで早起き。

いまさらな話だが、Fox News によればアメリカンの 38% が日本の地震を 「神からの啓示」だと信じているそうな。まあ Fox だからなー。 それにしても日本人はアメリカンの結構な割合が (少なくとも日本人と同程度には) アホだということを もっとちゃんと知ったほうがいいと思う。ちなみに向こうのニュースはいまやリビヤ一色だった。 ちなにみ、リビヤとビリヤーニは関係ない。

@14:37

きょう気づいたが、dijkstraの例の文章を以前に (新山とはまったく独立に) 翻訳してた人がいたらっし。 しかし彼の訳文は (新山にとっては) 日本語としてほとんど理解不能であった。 たぶんオレの頭が悪いんだろう。ときどき思うのだが、ああいう言葉の使い方をする人々と、 はたして人間としてまともにコミュニケーション可能なのかどうか疑問である。 「ああいう使い方をする人々」とは、もっぱら自然言語を記号列のように操作する人々のことだ。 彼らの頭の中では、文字列としての単語がなにか現実世界のオブジェクトに本当に 写像されているんだろうか? フシギである。新山にとっては現実こそが完璧なモデルであり、 言語はそれの (不完全な) 一時保存と伝達のための記法にすぎない。 推論はつねに現実世界のレベルでするべきであって、言語のレベルで推論してもいいのは ごく限られた状況 (曖昧でない言語、つまり数学やプログラミング言語のみを使っているとき) だけだ。 何いってるかわからんって? まあいいや。とにかく、この世界には自然言語というものを 現実から乖離させて使う人々がいて、新山には彼らの意図が理解できない。 ひとつはっきりしていることは、もし彼らの意図がただ「自分の頭をよく見せるため」だとしたら、 連中はそれには完全に失敗しているということだ。お気の毒ですね。

@23:28

きょうは久しぶりに中野ブロードウェイで買い物した。 おかしな店が多い場所として知られる中野ブロードウェイだるが、まともな店もある。 以下、新山の個人的pick:

ちなみに、新山はここ以外の店にほとんど行かないし、オタクな店には一切興味がない。 中野ブロードウェイが全国的には変態な場所として 認知されているのは大変残念である。

@00:05

そういえば最近思ったこと。新山はこれまで、 人文や歴史をなんで学校で教える必要があるのか、あまりわかっていなかった (こういう人間は、新山を含め、いわゆる「理系」タイプに多いと思う)。 いわゆる「文系」科目でも、外国語や心理学や経済学 (←いまだに何でこれが文系なのか謎) などはまだ意味があると思っていたけど、人文科学ってなんか意味あんの? …しかしこれは教育の目的を「実学 (practicality) を身につける」ということだけだと 思っていたからで、実際には大きな目的が (少なくとも) もうひとつあったのだ。 それは「compassion を身につける」ということである。

新山がこんなことを突然思ったのは、まえにこの日記で引用した 「デザインの基本は compassion である」という言葉を思い出したからである。 ふむ、もし compassion がないといいデザインができないのなら、 じゃあ compassion はどうやって身につけるんだ? いやまてよ、 これは学校で (ある程度までは) 教えられるじゃないか! 「良心 (conscience)」は学習可能ではないかもしれないが、compassion は学習可能だし、 またその必要がある。見ず知らずの他人をつれてきて、いきなり「仲良くしましょう」といっても、 うまくはいかない。相手の考え方や態度を事前によく知っておくことが必要なのだ。 これは、いろいろな異なる考え方・態度を歴史的、地理的、学術的な 文脈でとらえることによって、おそらく体系的に学ぶことができる。 こうしておけば、他者と出会ったときにスムーズに協力・援助できるようになるだろう。 この意味では人文科学も「実学」といえるのかもしれないが、 これは特定の技術を学ぶものではない。practicality は世の中を生きぬくための 具体的な「行為」を獲得するのが目的なのに対して、compassion は 「わかる」ことが重要なのだ。具体的な行為は個々人に依存する。

そして、なぜ人文科学・社会科学の教育が日本であまり重視されていないのかも、 なんとなくわかるのである。なぜなら日本人はみんなあまりに均一化されていて、 おそらく「他者」について積極的に学習する必要性がないからだ。 それに、教える側の準備もたぶん足りない。 たとえば、日本の小学校で盲人のことを理解するために アイマスクをつけて歩いてみる時間があるとかいう話を聞いたことがあるが、 そんなんじゃ盲人について何の理解もしたことにならない。 新山が NYC で英語のクラスに出ていたときは (TAをする留学生は必須)、 英語圏の「文化」を理解することがわりあい重視されており、 LGBT の連中と話す時間なんかも設けられていた。こうした話題も、 いまの日本で教えることはほぼ無理だろう。で、結局何を教えていいかわかんないので、 日本では「文系」「理系」というワケわかんない区分をつくって自信のない部分を 隔離したと、そういうことじゃないだろうか? そもそも compassion を学ぶのは practicality を学ぶよりも高い精神年齢を必要とするはずで、 生徒にとってはより難易度が高い科目となる。

…つうことで、新山はやっと人文科学の価値を (すこしは) 理解できたように思うのだけど、 日本で compassion の育成が目標になっているという話が聞いたことがないし、 あいかわらずまともな教育がされているという印象はない。

/02 [Sat]

@22:11

hinomaru'ed!

...というか、さっき成田から帰ってきたのだが、 京成線で切符を買って車両に乗りこんだ途端 「ただいま地震がありましたので発車を延期いたします。復旧の見通しは立っていません」 とアナウンス。やられた。無事日本に帰ってこれただけよしとするが、 それにしても成田空港駅なのに国際対応のまずいことよ。 アナウンスも状況説明も日本語のみで、駅員もまったく冷静でない。 外国人が何人かポカンとしてたのでテキトーに説明しておいたが、 はたして連中はうまくいったのかな (こっちも必死だったのであまり助けられなかった)。 いやはや、日本に着いたとたんにアノ仕打ちとは、たいした歓迎ぶりだ。 こんな調子じゃ、出ていく外国人が多いのはうなずけるよ。

いっぽう、新山は「放射能があっても楽しい我が家」と考えておりまsu.


Yusuke Shinyama
Document ID: 83bfddd458b8a6377d4e64b5c2cd2c6f