前略 シー・シェパード様一同へ舟の名前を "Bob Barker" とかじゃなくて "Chinpokomon" みたいなのにしてください。 そうすると日本のマスコミが困るから。ちなみに英語圏の人々にとってはこの名前は 卑猥でもなんでもない。これはさしずめモンティ・パイソンの「致死的なジョーク」の話 (イギリス軍が兵器として使っているドイツ語のジョークで、 ドイツ語を理解する人間はこれを聞いて笑い死ぬのだが、 英国人が聞いてもなんともない) を思い出させるね。
それと最後に言っておきたいが、死にやがれ。
…正直な話、本当に捕鯨をやめさせたいんなら、 彼らの戦略はぜんぜん的をはずしてると思う。 もっとちゃんとした日本人広報をやとって真面目にやんなきゃダメだよ。 もっとも、彼らはどーせ金持ちの道楽としてやってるから、 どうでもいいんだろうけど。新山にとっても、ホゲーの賛否など、実にどうでもいい問題だる。
(追記) しかし考えてみると、捕鯨問題は日本人の心理的な矛盾を際立たせるのに 実にいい事例だと思う。誰でも自分が批判されるのは 好きじゃないけど、他人の批判は大好きである。もしここで 捕鯨してるのが日本人じゃなくて、たとえば中国人だったら、 日本は現在のオーストラリアのような「反捕鯨大好き国家」になっていただろう。 世界的に見ても、日本人はチクリや(こっそりとした)監視が大好きな民族なのだ。 しかも感情的な環境保護や動物保護も大好き。前に、タマちゃんだっけ? あのアザラシが発見されたときの報道ぶりを見れば、こいつらがどれだけ 頭がイカれてるかよくわかるだろう。これと今回の捕鯨問題に関する態度の差を見れば、 日本人の偽善というものが大変よくわかる。新山はべつに偽善がダメだ、とは言ってない。 偽善はどの人々にもあるもんだ。しかしいい歳したオトナが、 その矛盾を見て見ぬフリをしているのは、じつに情けない。
鬱暇利
どうでもいいけど (どうでもよろ)、けさ自分の捨てたプラスチック容器ごみが 朝出がけに見てみたら、回収されずに残っていた。なぜじゃーーー!! …と思ったが、 とりあえず時間がないので、そのまま放置して出かけた。で、 さっき会社から帰ってからあらためてゴミ収集所を確認したら、それは オレの出したやつじゃなかった。ふう、よかった。おわり
べつに一日中これをやっていたワケじゃないが、 こんなものに1時間以上も費やしてるオレは暇人だと思う。 じつに哀しい気持ちさね。
それにしても、これflvだけで100MB近くもあるけど (アップロードに20分ぐらいかかった)、tabesugi.netは大丈夫なんか。 やや心配になるぞ。
誰かが「死んだ」とか「離婚した」とか「裏金を受けとった」とかいうニュースばかりが 重要な人にとっては、こうした記事はぜんぜん面白みがないかもしれないが、 こうしたニュースは速報性はないものの、非常に重要だ。マスコミはこういうことをもっと伝えるべきだと思う。
これは新山個人の感想だが、 なぜこうしたニュースが重要かというと、それは「社会の“感覚器”に目を向けさせる」 からだ。例えば、うちらはふだんなにげなくニュースで「震度いくつ」とか聞いているわけだけど、 実はそれらの値は最後はこうした測定機器に依存している。そのことに、いまオレははじめて気がついた。 いままで「地震計にはキャリブレーションが必要」なんて考えたこともなかったよ。 そしてその測定器の正確さを保つために努力している人々がいるわけだ。 そういう人々の存在を気づかせたことで、この記事はおおいに意味がある。(新山にとっては)
基本的に、こうした一次データを測定する人々っていうのは、人間でいえば目とか耳とかの “感覚器”に相当するわけだ。 震度だけじゃなく、経済指標や人口動態や事件・事故その他、現代のマスコミで伝えられる すべてのこうした情報は最終的にはこれら感覚器に依存している。 OS でいえば、これらは入力装置に直結したデバイスドライバのようなものだ。 すでにご存じのとおり、これら低水準なモジュールには100%に近い信頼性が求められる。 これが狂ったら、それを利用している上の部分はすべておかしくなってしまうのだから。 だから大多数の人々は、これら感覚器の正確さをつねに重視しなければならないし、 その感覚器のもとで働いている人々に注目しなければならない、と思う。
しかし、世論調査ってありゃインチキだな。
これはある意味、一種の防御反応とみることができるだろう。 ちなみに新山は罪悪感をおぼえるとすぐ落ちこむタイプなので、 この手の防御力はとても低い。ただし、世の中には罪悪感を むりやり抱かせようとするインチキな奴もいるので注意が必要だ。 新山はそういう連中をとてもとてもキライですが、 たいていの場合はやつらのほうが社会的に強い。困ったもんだ。 以上
(追記) 精神的な効果としては、罪悪感というのは、恐怖によく似ている。
悪いことは重なるものでして…試験の結果が (もう!) 来たが、 見事に落ちていた。しかしその評価を見るにつけ、実にすがすがしいダメさ加減だったようで、 ある意味スッキリである。 これが当確ぎりぎりのところで不合格だったらヤーな気分だが。 にしても、あんまりショックではなかったけど、まったく、 この歳になってもこの季節に受験生の悲哀を味わわねばならんとわ…。 ぐずぐず
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Yusuke Shinyama