おしらせ:
tabesugi.net は
で、書くことがあったはずなのだが、忘れた。これはよくなき。
(foo (bar x))
の
ような式を (foo:bar x)
と書けるらしいが、
それがなにか?? タイプが少なくなって結構と人は言うかもしれないが、
これではマクロが使えない。PG はマクロ大好きなんじゃなかったっけ?
どうでもいいけど (どうでもよろ)、今回のバージョンは MzScheme で書かれているらしい。
なんだ、結局 Scheme かい!!
…まあ、 Kenny もいっているように、Lisp や Scheme に慣れた人間から見ると Arc はこの (やや逸脱した) 文法以外に何も新しいところはない。 「PG はなんでこんなのに何年間もかかってたんだ?」という意見もみられるが、 まあ、たいしてやる気があったわけでもなかったんだと思う。 ケッキョキのところ。そんでこの言語のメリットは結局なにかというと、 「オオ、Paul Graham の設計した言語だ!!」といって飛びつきそうな 一部の (集団真理にとらわれている) プログラマーをおびきよせて、 Lisp が合いそうな人間をすくい上げる、ということなのかと思われる。 まあ、ガンバってくれよ。どうでもよろ。(ホントに)
最近思ったのだけど、現在のいわゆる「IT産業」において、 自分で生産して自分で消費するために売っている「趣味市場」というのは、 無視できないほどあるような気がする。というか、昔からそうか。 というか、最近は割合としては減っているのかもしれない (人数は増えているんだろうけど)。プログラミング系の雑誌は ほとんどがマッチポンプっぽいよな (まあ、そうしなきゃ彼らは 食っていけないんだから)。そうしたメディアは、 "hello world" だけを 20種類の言語で書いて喜んでいるような人々 (でも、仕事では php を使っている) によって支えられている。すばらしい搾取の構造ですね!! さて、これから Arc に飛びつく人間を よーくウォッチしてみると面白いかもよ。オレにゃそれ自体どうでもいいが。
きょう買ってきたシジミは、重金属っぽい味がした。
新山のヘヴィ・メタル (重・金属) な人生においては、これは重要なことである。
オレはなあ、「魚を食ってりゃ健康的!」などという、
世間のタワゴトを信じて日本に帰ってきたのだはないぞ!
…むしろオレは、オレは死ぬために帰って来たんだ。
そうともさ! この国でサカナを食って死ぬために!!
ガつん、ガつん@! (机のカドに頭を打ちつけている音)
!!!! !! !
!!!
…
あっそうだ、今日はおやつにロール・ケエキを買ったんだった
(100円だったので目がくらんだのであ
る)。こいつを使って安易な幸せを得ることにしよう、
どうせもうあと60年ぐらいでオレはこの世から消えてなくなるのだからさ。
(追記) どうでもいいけど、オリジン弁当の店内で流れている 「ナントカおにぎりがあればしあわせ〜、(中略) ♪ららららっ、ら、ららららら〜ら〜、らら〜ら〜ら♪」 って曲はどうにかなんないの? アレはソフマップ並に耳につくよ。
東京での増加分のほとんどは家賃の増加である。学生のころ、 大田区にいたときは 2万円ちょっとの部屋 (つうか、下宿) に住み、 いまは 6万円ちょっとの部屋に住んでいるから、 ほぼ 4万円はこれで上がっている。 しかし、いまでは電話とかネットを引いているから、 前よりもゼイタクだ。それに食いものも前よりずっとゼイタクだ。 会社まで自転車で行けるので、その意味でもゼイタクだ。 おまけに仕事は楽しいので、その意味でもゼイタクだ。
まあ、一言でいえば文句ナシの状況なのだが、同時に頭の中のどこかで 「こんな幸福な状態がそういつまでも続くハズがない」ということも わかっている。なぜなら、物事はつねに悪い方へ向かうのだから!
きょうは (というか、毎週土曜日は) 家のことをすることにしている。 センタクをして、掃除をして、シーツを替えて、昼メシを食って、 さてどうしようka。
どうでもいいけど明日は雪なんだって? まったく、週末にこうなるのはまいっちゃうなあ。
1. 煮物にコーヤドウフを入れるにかぎる。今までなんで気づかなかったんだらう。
2. じつは、会社の近くに (オバ ファッションの殿堂であるところの) 「しまむら」があることを知った。mens もあるのでこれからはあそこで服を 買おうと思う。しかし一部の人々は「あすこへ行くようになったらオシマイだ」 と言う。なぜ?
以上で
まあ、、っぢ (ローマ字変換で DDI、と打つとこうなる)。
子供の教育でおそらくもっとも重視すべきことは、 子供が何にでも好奇心や疑問を持ち、物事を掘り下げて 考えさせるということだろう。 この点に関しては、たぶんほとんどの先生も役人も同意すると思う。
しかし、これがオトナに対してはどうなのか?
この性質 (何にでも疑問を持つ) を、 うちらは成人に対して望んでいるだろうか。 もちろん、ノーである! とりわけ日本において、 オレたちは繰り返し言われてきたはずだ、「疑問を抱いてはいかん」と。 社会に出たら何事も波風立てず、黙って受け入れなければならないのだと。 疑問は社会を崩壊させかねない危険なものである。 なにもこれは教師が明示的に教えたりしないが、 我々が社会全体から毎日のように受けとるメッセージは、 あきらかにそういっている。つねに。
たいていの日本人がそうだと思うが、新山もまた 子供のころから周囲を見て、こうしたことを本能的に学習してきた。 いつごろからか、こうしたメッセージに気づきはじめたのである。 ある日突然に、というのではないと思う。人は繰り返される「あること」を見て 学ぶのである…。しかしいまあらためて考えてみると、 我ながらよくもまあ、こんなひどい矛盾を解消できたもんだと思う。 この歳になってから教育に関する話をあらためて読んで、 これほどの明らさまなダブルスタンダードを見せられると 目がクラクラしてくる。
もちろん、学校で習う知識がすべて本当であるべきだ、 などとは言わない。学校で教えることが現実と違っている、などということは 沢山ある。たとえば日本は民主主義だというが実際にはそうではないし、 国会議員が皇室と同じく、実は世襲によって成り立つ職業だということも、 司法や警察がヤクザを黙認しているなどということも学校は教えてくれない。 人の評価は容姿によって決まる…というのはすでに小学校でもみんなしっかり (教えられなくても) わかっていたことではあったけれど、困っている人や 障害者に遭遇したときに助けるのも実は間違いで、本当は 見て見ぬフリをするのが正しいということも教えてくれなかった。 こうした例は無数にあるが、こんなのはささいな違いでしかない。 どれも教科書を書き換えればすむことだ… (← 笑うところ)。
しかし、そもそもの大原則がここまで矛盾している (そして多くの人がその矛盾に気づいてすらいない) というのは、ちょっとひどいと思う。 最初の最初からハッタリをやられているわけだから。 いずれ子供はその矛盾を解消しなければならないわけで、 その過程でおかしくなる奴が出てきても無理はない。 そんならさ、犯罪予防という観点からみても、いっそ最初から 教育なんかやめるか、あるいはもうすこし現実に即した理念に変更してはどうかね?
もちろん、言うのはものすごく難しく、 実行するのはアホみたいに簡単なのはわかっているが。 (おや、泡が出てきた)
今日は朝はチャリンコが調子が良かったが、帰りはひどい強風だった。 おまけに南東の風で、もろ 100% 逆風。会社出てから帰るまでずっとそう。 ったく、おかげで、帰ってくんのに 30分以上かかっちゃったじゃないのよ。 さて。
「は」「は」「が」「が」助詞。どぅ。
しかし、この調子だと、あすはさぞかし冷えこむことになろう…。
とはいっても、NYよりは 15℃ぐらい高そうだが! わははは!!
(追記) 「この世界がただの夢であるはずがない。 なぜならオレはこの世界に莫大な投資をしてきたのだから…。 このオレの地位、銀行口座、そしてこの幸せそうな家族を見よ!」
けど残念だったね。この世はただの夢なんだよ。 あるいは、じきに終わるジェットコースターーーーーーー
OpenBSD がまだ更新されてないことに気がついた
どうしたことだよ、これは。4.2 は昨年 11月にリリースされたのに、 まだ 4.1 って書いてあるじゃねーか! 日本の翻訳者 (はい、私です) は一体なにやっとルんだ! …しかし、新山は OpenSSH の翻訳担当ではあるが、 慣例的に (?) OpenBSD はやっていない。 そっちは別の勝手連がやることになっている。つうか、あんなの、 量が多すぎてやってらんねーよ。OpenBSD のほうは Abe さんという方が やってたのだが、最近は手が回らないのだろうか?
…ということで、OpenBSD プロジぇクトでは只今、 若くて再帰あふれる日本語担当者を募集しております! 経験不問!
応募資格:
…しかし、日本の OpenBSD はユーザはみんな死滅しちまったのだろうか? 「日本の OpenBSD 情報」もしばらく更新されてないし。 最近の若者は何をやってるんだろう。 Ubuntu でも使ってんのか? っていうか、そもそも計算機関連の 学生でも、Windows 以外の OS をインストールした経験があるやつは どれくらいいるんだろう。その割合は年々減っているような気がする。 ま、どっちにせよオレの知ったことじゃないけどね。
というか、これは日本に限った話じゃないが、計算機科学は 長い停滞期に入ったような気がしている。というか、最近「入った」んじゃなくて じつは技術的にはもうずっと前から停滞期だったんではないか。。 しかしこれは計算機科学の興味ぶかい問題が出つくしたというわけではなく、 ただ、みんな「前よりも金儲けに忙しくなった」にすぎない。たぶん。
なんだ、降ってないじゃん…。つまんない。
(son-nan-ja-nai-yo, etc.)
ところで Penn & Teller の Bullshit! はすげえ面白い。 Jon Stewart にしろ Penn & Teller にしろ、 日本でもああいう番組があったらいいのにと、本当に思う。DVD買おうかな。 日本の amazon でも買えるんだろうか? ところで、このような番組が 向こうで放送可能であるということで、米国人はなにかというと すぐに憲法修正第一条 (First Amendment) を持ち出すが、それは 米国の特権じゃないだろう…。 日本にも言論の自由はあるはずなのに、実際にはそれはないのと同じことに なっている。教育のない国で自由を実現するのは難しいだろうが、 日本にはちゃんとした教育システムもあるのにね…いや、 それともあれは教育とはいえないのか?
いや、ある意味ではこれは正しい。つまり、
いま見つけたひどい例として、
<<
と >>
の対応がとれてないという
のがあった。Python でいえば、これはプログラム中に
余計な }
があるようなものだ。
これは人が手で書いた PDF じゃない。
プログラムで生成した PDF なのに、なんでこんなアホな文法エラーがあるんだよ?
なのに、Acrobat はエラーを起こさない。
これじゃ Perl よりひどい。
以下、買う気をなくす計算機関連書籍の例:
ほんとうにね。ダメな新刊ばっか出したって出版業界はキツくなる一方だろうに、 いまだにそういう傾向は続いてるんの?
そのあと書店から出て、つぎは 新山にとって「正装」であるところの (高校時代から今までずっと) ジーンズを買いに行ったのだが、それにしてもかの国では なんぜ Levis がこんなクソ高いんだ? 米国では 40ドル以下だったものが こっちはどこでも平気で 1万円以上する。ぼるしっと! ちなみに新山の Levis はラベルに Made in Colombia って書いてある。 じっさい Made in Colombia で十分なのだが、そんなに高いわけがない。 最初のころ、これはボッタクリの店なのかと思ってた。 でも、国内では Levis はどこの店に行っても同じような値段だということがわかり、 ディスカウント店にいくと今度は欲しいサイズがないしで、 結局 (ケッキョキ) EDWIN にした。オレは「ただのブランド代」とわかっている ものにそんなにつぎこむ余裕はない。それにしても、 あれに 5000円も騙しとられるアホがこの国には沢山いるんだろうか。すげえなあ。
さて、それにしても、編み物は楽しそうだ。 どうでもいいが (どうでもよろ)、編と騙という字は似ている。
このあと長々と英語で書いたのだが、 自分であまり読みやすい文章ではなかったのでやめた。 英語で書くと、なぜか話題が自分のやりたい方向と微妙にズレてきてしまう。 これは英語の接続詞によるものか、あるいは英語を書くために自分が考えている 時間 (あきらかに日本語のときより長い) によるものか、わからないが…。 日本語でもこういうことは時々あるからね。
ちなみにこのコックリさんがエスカレートすると、 いずれプロバイダ (運が悪けりゃ警察) から連絡がくる。 靈っていうのはコワいね、ほんとに。
註: 新山は pinky show の意見に同意しているわけではない。
さて、その意味で、そこらへんにいる自称“研究者”を見てみると…?
とこ(てく)るで、最近コンランドリーで考えだした面白い遊びは、 脱水の終わる一分前に行き、メーターが「のこり0分」になる直前に 「ウガァ、もう待てん!!」と叫んでフタをあけて脱水を (強制的に) 止めることである。 とはいってもケチなので、なるべくギリギリまで持たせたい。 だから「0」になる直前まで待たねばならないが、本当に「0分」になって 止まっちゃったら負け。ちなみに今日は負けた。
訂正: コンランドリ− → コインランドリー
(要約) 若干 20歳でイラクに行かされた Matthew Sepi 氏の場合、 彼は帰還後も、自分たちが殺害したイラク市民の姿が頭に焼きついて離れなかった。 このため Sepi 氏はまだ未成年 (註: 米国では アルコールが許可されるのは 21歳以上) だるにもかかわらず、 眠るのにアルコールを必要とした。ある日、真夜中に近所のコンビニに 酒を買いに行くとき、本能的に彼は銃が必要だと感じた。 そして途中で襲われ、発砲。だが、彼は自分が“敵”に向かって 反射的に撃っているとしか認識していなかった。
だとさ。たかだか 20歳であんな環境に行かされれば、そりゃ頭狂うわな。 ベトナム戦争はもっとひどかったんだろうけど。
というわけで大物と話すのは楽しいが、 たとえエラくても小物と話すのは時間の無駄である。 といっても世の中のほとんどの人は「小物」で、 かつ「エラくない人」なんだけどね。
…てくるで、某シムポ・ジウムにまた (?) 行ってきた。 開発のゲンビーを知らない人が仕様を決定するのは悪である、と思う。
くりかえすが、 自尊心のない人間は、他尊心を必要とする。 ああ、また、あんたか…。
ところで、てくるで、"GmbH" を「がんむびひ」と読むのは、 オレだけなんだろうか?
てくるで、きょう久しぶりにスラッシュトッド日本の議論を読んだ (というか、検索にひっかかった)。ウィキッペのノートで行われてる議論より 質が悪いと思った。ありゃ一体なんなんだ? あのサイトがまだ生きているということ 事態、驚きである。きっとどっかの金持ちが道楽でやってるのだろう。いいことよ。 つうか、wikipedia と同様に、このサイトも「負のフィードバック」が 起きているようの気のする。つまり、あまりにも多くのマトモでない人々によって 場が独占されているために、マトモな議論ができる人々はそもそも最初から 参加する気すらおきないだろう。まあどうでもよろ。
どうでもいいけど (どうでもよろ)、 「wikipediaをwikiって略すな」とかいってる連中がいるが、かれらは Google-samaがすでに「wiki」を「Wikipedia」の略語として正式に認定した という事実を知らないのだろうか? もちろん Google の決定はすべてにおいて正しい (というか、it's the definition of "正しさ") のだから、 ああいったネットの面汚しはさっさと退散すべきである。 真面目な話、かれらの「正しさ」はユーザが求めるものによって決定されるのだから、 これは atok が辞書に日本語の誤用を山ほど (意図的に) 含んでいるのと 同じようなことだ。顧客が求めることをするのは企業としてはつねに正しい。 というか、it's the definition, btw.
ちなみに、「WikiはWikipediaの略語」という (日本語の) 仕様は、 近いうち ISO 5940731862 によって策定される予定である。
そしてこれまたショックだったのが、 Yahoo! と Adobe が PDF にクリック広告を埋め込む計略を画策中。 死にやがれ畜生。
はっきりいって、PDF/X や PDF/A があるのになぜいまさら PDF なんだ? オレは javascript が勝手に作動する文書など読みたくない。
それにしても、毎度のことながら会社から帰ってくると おそろしくインスパイアされた状態 (つまり、電波的に励起された状態) で 家に帰りつく。これは寒い中を自転車をこいで来るからなのか知らん。 でも、まあいっぱいアイデアがわいてきていいやね。
チーン
ターオ
みかん!!!
チンタオみかん!
チンタオみかん!!
チンタオみかん!!!!
ちなみに今日は筋肉痛である。 理由は明白。
(追記) 写真は こっちら。 すばらしくよい天気だった。
Document ID: ef8a3f051bc88e23c44ab2ad2e91e0ec
Yusuke Shinyama