2011年2月(b)-3月

Last Modified: Sat Mar 12 15:21:22 UTC 2011

/12 [Sat]

@13:15

きのうから今日にかけて思ったこと:

ちなみに新山は自転車通勤ということもあり、きのうはほとんど「フツーの生活」だった。 明け方に長野の親に電話した程度。スーパーの特売日も普通にやってたのでしっかりチェック。 しかしどこもメジャーな通りが歩行者であふれ返っていたのにはびっくりだ。 新青梅街道なんか、いつも人いないのにね。帰ってしばらくすると、 世界のあっちこっちにいる知り合いから「お前、大丈夫か?」というメールがくる。 なんだか CNN を見ても NYTimes を見ても、 海外の報道のほうが日本国内よりもずっと劇的に見えるのだが、 これは災害時のマスコミに共通した特徴なのかもしれない。 9.11のときも、現場はすげー冷静だったのに、日本のほうが大騒ぎしていたらしいし。

地震発生直後からずっと NYT をウォッチしてきたのだけど (日本国内のニュースはみんなどこも似たりよったりなので)、 日本への同情、そして尊敬 というよくできた記事がある。以下、引用:

…日本にいたころ、日本人の従順さと礼儀正しさにはよく感心させられていたが、 この印象は関西大震災のあといっそう強まった。神戸はほぼ完全に破壊され、 いたるところの窓ガラスが割れていた。私は (記者として) 略奪や暴動があったかどうかを 探してまわり、ようやく男2人に強盗されたという店の主人に話を聞いたときはほっとしたものである。 私はいくぶんメロドラマ風の口調でこう尋いたのものだ。 「同じ日本人として、こうした災害時に犯罪をする人々をどう思いますか?」 すると彼は驚いて、これは今でも覚えているが、こう答えたのである。 「なに言ってんだ、連中は外国人だったよ」

…日本人のストイックな精神は言葉にも表れている。 人々はよく「シカタガナイ」という。どうすることもできないという意味だ。 そしてもっともよく使われるフレーズが「ガンバッテ クダサイ」である。 耐えろ、強くなれ、というような意味である。 自然災害は日本の「ウンメイ」の一部だと考えられている。 これは「命」を「運ぶ」と書く。16世紀のキリスト宣教師の 手記に書かれていたのを思い出したが、地震が村を襲っても、 日本の百姓たちは数時間後には家を建て直していたという。

…ひとつの関連がありそうな要因は、自然との関係だ。 米国人が自然というものを、自分たちと対峙するもの、 飼い馴らさなければいけないものと考えているのに対して、 日本人の考えでは人間は単に自然の一部であり、 ただその波に乗っているだけ -- 歴史上、数えきれないほどの地震を含めて -- である。 1923年の関東大震災では死者は10万人以上であった。 Natureの意味をあらわす「シゼン」という日本語はわずか100年ほど前に 新しく作られたものだが、それまではこの概念を言葉にする必要もなかったのである。 神戸地震のあと Times紙にあてたエッセイでも私は同じような結論に達し、 そこでは日本のもっとも偉大な17世紀の俳人である芭蕉の句を引用した:

The vicissitudes of life.
Sad, to become finally
A bamboo shoot.
(うきふしや竹の子となる人の果)

日本の回復力と忍耐力には、なにか高尚で人を勇気づけるものがある。 私たちはこれからそのさまを見ることになるだろう。 そしてこれは日本の社会基盤がおりなす打たれ強さと、 その立ち直りの速さがまばゆく輝く瞬間でもある。 私の勘では、日本人はおおむね協力し合うのだろう -- これは現在ウィスコンシンやワシントンで展開されている、 犬が犬を食うような二極化した政治とは対照的だ。 もしかすると我々は日本からすこしばかり学ぶべきなのかもしれない。 だからこそ、私たちは日本に深く同情するが、 同時にまた深い尊敬の念をも抱くのである。

…これを読んで鼻水が出たのはオレが感動したからか、 あるいはただの花粉症か。

@21:13

てくるで (ところで)、 スタジオでヘルメットをかぶって報道するのは何かのファッションかしら? 米国の健康番組とかで、 医師がかならず聴診器をぶら下げて出てくんのと同じパターンだな。

@23:35

だいたい世の中は感傷的になったやつから先に死ぬんだよ。

それにしても、チェルノブイリってもう25年も前だったんだなあ。 なんだか古い人間になった気分だ。

/11 [Fri]

@19:02

USGSの発表によれば マグニチュード8.9 って書いてあるけど、どっちが正しいんだ?

@20:08

このボロアパートにいると、 正直なところ、風で揺れてるのか、人が動いて揺れてるのか、 それとも地震で揺れてるのかようわからん。

途中スーパーに寄ったら、 パンや惣菜類がほとんど売り切れていたのにはびっくり。 カップラーメンを大量にカゴに放りこんでいるおばさんがいたが、 ややパニック症状だな。

/10 [Thu]

@08:19

さいきん書きたいけど書けないこと:

@23:42

「日本のへそ」「日本の中心」という概念ほどバカでかつ不確かなものもないよな。

@23:53

がい者制度改革推進会議って知ってる? この手の業界にいる身としては名前ぐらいは聞いたことがあるが、 きょうはその参加者の話を聞いてきた。…政治的な話だった。 というか、この手の話はつねに政治的なのだ。そしてオレは政治的な話が好きじゃない。 こうした運動をしている人々は、一般に「競争社会」という言葉を嫌い、 より高尚な理念をもっているかのように見えるが、結局はこれは別の形の競争社会だからである。 政治ってのは基本的に限られた資源の取り合いだ。 そしてこの取り合いは、障害者と非障害者の間の競争のみならず、 異なる障害をもつ障害者どうしの競争も起こる。 ここでの武器は物理的な力や金銭でなく、知名度と有権者数と『あわれみ度』だ。 いちばん署名を集められるのは誰か? いちばん多く有権者の票を動かせるのは誰か? テレビに出演して視聴者の同情を多く獲得できるのは誰か? …といったようなパラメータが重要になる。そして、自分たちの要求を通すために 「署名を何万人集めれば、どのレベルの政治家・役人に、どういった話ができるのか」 「どういう戦略で政治家にアプローチするか」「どういうチャンネルでマスコミに持っていくか」… という話をいろいろ聞いた。しかしこうした力がない人々 (つまり絶対的な人数が少なく、 政治的・経済的な力もなく、メディアの人気もないような障害者) は、 いくら深刻な問題をかかえていようが基本的に無視される。 つまり形を変えているとはいえ、これは依然として「力が支配する世界」なのだ。 こうした政治活動をしている人のほとんどは、おそらく利他的な努力をしている人に違いなく、 たいていは立派な人だと思うのだが、いくら理念が高尚だろうと最終的にはこうした人々も パワーゲームに終始してしまうという現状は、ハタから見ていると引いてしまう。 (こうした傾向は Ayn Rand の小説にもよく描かれている。 たとえ物質的な力による競争を否定しても、今度は政治的な土俵で同じ競争が起こるだけなのである。) まあ結局、オレはしょせん当事者じゃないからこういう気のぬけたことを言ってられるんだろうけど。

この会議の背後にある話は何かっつうと、基本的には国連が採択した 「障害者人権条約」なるものを日本が批准するにあたって、まだ法整備が不十分だというので、 それをなんとかするという意図が根本にあるらしいのだが、根本的な問題として、 この条約が要求してる「合理的な配慮」というのが、 はたしていまの日本人には本当にできるんかい、ってのが非常に気になる。 たいていの日本人は「境界がボンヤリした法律」というのに慣れていないし、 定量的なデータをもとに議論するという訓練を受けていないし、 マスコミもそういうった報道をしない。だからいつでも必ず「足りない」か、 あるいは「やりすぎ」のどちらかになってしまう。

/08 [Tue]

@21:32

どーにも調子が悪いので朝から病院へ寄ってく。やはりカゼはひいてるようだ。 なんか毎年、同じことを繰り返してるような…。たしか去年もこの時期に カゼ + 花粉症をセットでお召し上がりだった。

/07 [Mon]

@21:22

やぱし今日の試験はダメだった。 しかしこれは体調不良が原因ではない。 あーまったくもおarrrggghh!

/06 [Sun]

@23:36

きょうは耳の日記念文化祭でボランティアをするため三田の障害者会館へいき、 その帰りに天気がよかったので芝公園から大手町まで歩いたら、 そのとき大量の花粉にやられたらしく帰ってからクシャミ100連発。 死ぬかと思った。まだ瞼の下がゴロゴロしている。 ちなみに頭もボーっとしており、なにも考えられない。 風邪をひいてるのとほとんど同じ状態。 明日は試験なのだが、もうだめだ。

/04 [Fri]

@19:59

人は自分が意識しているよりもはるかに多くの情報を周囲にもらしている。

/02 [Wed]

@22:57

今日のまったくこのビュービューぶりはなんなの? まったくもう今日は…

あれ、3月だ。

追記: ぬれた手でキーボードをさわらないように注意すること。 さもないと感染するぞ! やつらに。 なんったて、連中は善人の頭の中で繁殖するのだから。

/28 [Mon]

@19:29

ほんじつ (新山はいつもこれを「ほんづち」と打ち間違える) の謎なquote…

** Mon Feb 21 20:08:39 EST 2011 **
when you are sleepy its good time to debug/stablize the logics in order to make debuggable even when youre slepy

@20:06

ずるがしこい = ずるい + かしこい

ずるがしこい = ずるい けど かしこい

ずるがしこい = ずるい だから かしこい

P.S. 「しこい」って何??

/27 [Sun]

@22:27

今日クシャミがたくさん出たっす。

@01:27

"dick"っていう副大統領や"newt"っていう大統領候補がいる国だもんな。

/26 [Sat]

@13:02

きのうはまたもお昼休みに会社をサボって、 学会に来てた連中と早大正門前にある安っぽい中華屋に入った (なんしろ、会社から近いので)。 見よ、これがニッポンの庶民の食い物だ…。 メニューが全部縦書きで、おまけに値段も漢数字で書いてあるので、 こいつら (ヨーロッパ人総勢14名) にとってはそもそも文字の向きすら判別不能らしい。 各項目をテキトーに英訳したが、「五目チャーハン」というのを "vegitable fried rice" と説明したんだけど、 本来これは肉も入っているから "mixed fried rice" というべきだった。 この手のメニューは米国の中華テイクアウトでさんざん食ったはずなのにな。

@01:08

きょうから花粉症が大量に来た。 品川まで見送りに行ったら疲れた。

/23 [Wed]

@17:57

Only deprived people need the Internet.

追記。きょうは会社をサボって cicling のエクスカーションに参加。 学会そのものには出てないのにエクスカーションだけには行くっつう奴。 きょうはまず皇居を見学。皇居ってはじめて行ったが、 新山はろくに見学せず手話の構文について盛り上がる。 参加者の中にイタリア手話の研究をしてるというイタリア人がいてですね…。 その後どっかの外人向け日本食レストラン (まあ、日本にあるのはたいてい日本食レストランだ) で昼食。 そのご、午後は川崎にある「東芝科学館」なる場所へ見学に行く。 ここは要するに東芝のショールームっぽい所らしい。 なんでここの場所がコースに入ったのかはまったく謎だが。

東芝では、なにやらエラそうな人が出てきて英語で会社概要など説明された。それにしても、 あれはいったい誰に向けたプレゼンなんだろう? こいつらがビジネス相手とは考えづらいし、 将来の研究者かなにかを募集してるつもりなんだろうか? どのみち新山には関係ない。 おまけにそのエラい人の英語が不勉強で「東芝の超伝導技術はリニアモーターカーでも使われています。 みなさんリニアモーターカーってご存じですか?」と尋くのだが、 「リニアモーターカー」をそのまま "linear motor car" っていうもんだから、 周囲の人々は「ハァ?」って顔をしてた。あのな、それは英語で Maglevっていうんだよ! 一般人が知らなくても別に不都合はないが、自分のとこの製品で使ってる用語ぐらい勉強しろ。 その後グループにわかれて見学。(新山のいたグループには、なぜか Chris Manning もいた。) 歴史的遺物を展示しているコーナーでは、江戸時代の カラクリ人形やまだ動く真空管ラジオなどがあって そこそこ面白かったが、一番ウケたのは途中でガイドの説明担当のねーちゃんが 「これは東芝初のカラーテレビですが、ちょっと映りが悪いです」といって、 テレビを遠慮なくばんばん叩いていたのがあまりにもお約束的でバカウケ。 しかし彼女は (おエラ方と違って) ちゃんと勉強してるらしく、dynabook の項で アラン・ケイの話をふってもちゃんと受け答えしてた。(←オレってイヤな奴) そのほか、Kinectのできそこないのようなものが 展示されていたが、先端技術でとくに感心するものは何もなし。 あくびをしながら帰りのバスに乗り、ホテルで解散。 疲れたので新山はそのまま家に帰る。

/22 [Tue]

@20:14

きょうのLWN記事を見て思ったこと。 「CUI を使う奴は GUI を使う奴にくらべて学習能力に優れていることが 科学的に証明された」とかいってるブログロのことである。 こういう連中がUI を論じる際にいつも見落している事実がある。それは:

ということなのだ。けっきょく (ケッキョキ) 問題は 「どちらのUIがどのような場面に向いているか」ということで、 さらに各場面でも無限に近い数の調整可能なパラメータがある。 …しかしこの種のアホな記事にまつわる根本的な問題は、 技術的なことではない。似たような奴はごまんといる。 「shを使えるやつはexplorerを使えるやつよりも偉い」 「c++を使えるやつはpythonを使えるやつよりも偉い」… といってる連中である。ようするに、こいつらが言いたいのは 「オレがこんだけ苦労したんだから、お前がその苦労をせずにオレを超えることは許さん」という 態度なのである。こういった精神的態度を新山は一般に老害とよぶ。 そんだけ

@00:22

えー、ここでお笑いを一席…

A: オレの彼女は最高だ…まるでファイルシステムみたいだ。
B: どういう意味だい?
A: ああ、FAT で 16 だ。

参考文献: http://www.bash.org/?925835

/21 [Mon]

@20:47

今日は明け方5時ごろに何やら外でドナってる奴がいて目がさめちゃったよ、 まったくもう。

/20 [Sun]

@23:06

きょうの教訓:

@00:21

AnabelaがCicling 2011で日本に来るというので、 今日は水道橋付近まで行った。さいきん、海外からの客がよく日本にくるよな…。 一体、何があったんだろ? しかも彼女らが泊まるのは だいたい神保町とか九段下あたりのホテルなのである。 まあいいや。今日は初めて新宿駅の公衆電話から国際通話する (相手はとーぜん日本国内にいるわけだが、新山は携帯ないので) という経験をしたのだが、あの喧騒の中で ひとりメモ帳を開いて 001-010-351-xxx-xxx-xxx という合計18桁もの 番号を押さねばならないので笑った。ホテルで待ち合わせて、 もうひとりのポルトガル人の研究者と一緒に昼食を食い、 そのあと道端で声をかけてきた別のフランセな参加者と合流する (彼はホテルを捜していたのだが、偶然新山がもっていた Coling 2004 のバッグを 見て「こいつらもしかしたら関係者かも?」と思ったらしい、相変わらずこのバッグは役に立つ)。

秋葉原まで歩いて免税店でカメラを買い、そのあと喫茶店に入ってべちゃくちゃやって、 そのご浅草を駆け足でまわって夜は回転寿司に入った。 なんか、最近マンネリ化してるような気がしない? うん。外人がくるといつも必ずこのパターンを繰り返してるような気がする。 喋りすぎて疲れたのでもう寝よ。

(もうねろねろ、おそいぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ)

/19 [Sat]

@15:20

新山はふだん仕事関係の機材・書類・データ等を会社からいっさい持ち出さないようにしてる (これはべつに秘密保守のためではなく、ただ面倒くさくなるのがイヤなだけ)。 が、ひとつだけ持ち出しているデータがある。それはこの日記に書くネタである。 仕事中に日記を書くわけにいかないから、いつもなにか思いついたときには 1行程度のメモを残しておいて、それをあとで家に送信して帰ってから文章に直すのだ。 これはいつも (日本語入力がメンドくさいから) 英語で書くのだが、 いつもポイントだけを書いていて、実際の文章は書かないため、 ときどき後から読み直しても自分がいったい何を書きたかったのかサッパリわからん時がある。

そんな「謎のquote」一覧...

その1:

heres the thing: do not put human responsibility to the general public.

その2:

kokugoryoku - management.

その3:

one lie, which survives beyond one's life, is superb!!!

だいたいの意味はわかるのだが、いったい自分はこっから どんな議論を書くつもりだったのか? じつに謎だ。

(追記) ふむ、たしかに世代を超えて生き残る嘘はスバラシイと言える。 でもそれがどんな嘘だったかは忘れた。

@15:35

そういえばふと気づいたが、自分はまだ年末年始のような気分でいた。 あれからいつのまに1ヶ月たったんだ? …それを言いだしたら、自分はまだ2010年の中頃のような気分でいる。 あれからいつのまに1年たったんだ??

@15:42

いま、新しいラーメンの商品名を考えた。その名も「新豚 (ニューとん)」。 新しいトンコツ味。

@18:58

それは待っている。(It awaits.)


Yusuke Shinyama
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