熱帯夜っぽかったため、寝坊したうえに寝不足。
ときたーーーこりゃ。いま、
それにしてもこう暑いと思考が途切れがちになるが、
こういうときこそだな、すこし熱いお茶でも飲んで、だ。アレだ。
まあそういうことだ。foo
cdb をなんとかして使おうといろいろ頑張ってみたが、どうも効果的に使えるような設計は 思いつかなかった。インデックスは書き換わるうえに、単一のキーでインデックスしてもたいして おいしくないのだ (最初 Message-ID を主キーとして使うことを考えたが、ちょっと調べてみたら Message-ID のついてないメールも大量に来てやがる、くそったれ!)。
Maildir なのでメールはすべて個別のファイルにしてあるのだが、問題はこれを いっこのディレクトリに入れておくと、数万通になったときに ext3 がものすごく ノロくなることである。RaiserFS ならディレクトリ内に B-tree を使っているので (hashか?)、 数万くらいのエントリはどうってことないらしい。しかし、いまのところ ext3 で やりくりする必要があるので、どうする? 複数のファイルをまとめるのにまた自前のデータ構造を 考えるのはイヤなので、tar でも使うか。Python からじかに tar 形式のファイルを操作できる パッケージがあるといいのだけど。
なぜ Python で書きたかったかというと、ひとつの理由が 「新山好みの変態インターフェイスの実現」である。 つまりオレはメールの検索条件や振り分け条件を Python 式で書きたいのよ! Mutt のよーなワケわかんない独自表現や elisp なんか使ってられない。 おまけに人工言語で入力すりゃ済むような規則をわざわざウインドウ開かせて マウスでぺったんぺったん入力させるよーなメーラは、もっと使ってらんない。 ついでに、多くのメーラでサポートされてなくて是非ほしかったのが、 メールの一覧表示時における「色分け」機能である。つまり To: 新山宛のメールは赤字強調で、 Cc: 新山の場合は黄色で、ML宛は緑で、オレ宛でもML宛でもないやつはもっと目立たない色で表示してくれれば、 どれが重要そうかすぐにわかるでわないか。ついでに、「フォルダ」という概念はないので メールの分類はすべてラベルでおこうわけであるが (ひとつのメールに複数のラベルがつけられる、という機能は ずっと欲しかった)、特定のラベルの表示・非表示のほかに、ラベルを色分け表示することも できるようにしたい (ただし、やりすぎると端末だから色が足りなくなるうえに、 たとえ足りたとしても見にくいので要注意)。 ついでに web でも同じインターフェイスでやってくれれば文句なし。 さーたのしくなってきたぞ。そして今日は研究ほとんどやってない。
....
(この唄の英語名はいったい何なんだらう? "yah-yah" とか "yo-yo" で検索してみたがだめだった、 アメリカのスカウトソングらしいのだが)
あいかわらずあついです。また遅くなってしまった。 今日は久しぶりに楽しげなプログラミングをしていてナテュラル・ハイになっていたらしく、 帰る時はなんだかヨッパラった気分になっていた。マンハッタンも暑いが、 窓をしめてあった部屋に帰るとさらに暑い! こりゃあ、マジで今週末にはエアコソの刑だな (えあこその刑 … えあこんの設置作業をさす)。
そーーだ、そおおだよ、明日は Commencement (学位授与式) があるんだ。 オレはまだ関係ないけど。明日の Washington Sq. は 紫色の大群に埋めつくされる。 きょう帰りにちょっと通ってみたら、公園は完全に掃除されて大量のパイプ椅子や 屋外ステージが設置されており、出店のテントやらサーチライトの準備やらで すごいことになっておった。夜中なのにセキュリティガードがいるし。 あれじゃ、いつもあのあたりにいるヤク売人どもも商売できんだろな、今日は。
てくるで、あれのために貸し出される角帽とガウンには格があり、 学部だと安いが博士学生はレンタルだけで $80 も! 取られるらしい! そんなのありか! これは権力による弾圧だ! そんなんだったらオレは一生卒業しないぞ!!
。。。
おやすmi
失・礼・な・!
オレぁ人を食ったようなプログラムは書くが、人の肉はまずいので食わないし、 犯罪行為を助長するようなモノも書かないし (キチガイ的会話を推奨するようなモノは書くが)、 download 板のような 厨房のすくつでガキんちょどもに迎合したりもしないぞ。ぷんすか。 音楽 CD はちゃんと買うし、CCCD は買ったことないけど (あれ、どこで売ってんの?)。 Apple へのお布施だってちゃんと払ってるしなー、今年も払うかどうかはわかんないけど。
どうでもいいけどゆうべの雨がウソのように今日はむし暑い。
(追記: くりかえすが、新山の Winny 作者への印象は「おだてられたあまり調子にのりすぎたアホな人」である。 しかしだからといって逮捕するのはおかしいと思う。でも一番わけがわからないと思うのは、 騒いでいる外野だ。今回のことは、従来の体制や習慣について「何か言いたい」人々をもろにたきつける 要素を含んでいたのだろう。かつての大学闘争のときもこんな感じだったのかな)
"perpendicular corpora"
これ何?? いや知らない。知らないが、オレはこのぶっとび方が好きだね…。
ところできょうのミーティングでは Adam から「固有動詞」の例をもういっこ聞いた。 それは「xerox する」というものだ。そういえばこれは日本でも使うような。 しかし Google と同様、Xerox も社名が動詞として使われるのを嫌がり、いまでは 「photocopy」という動詞がひろまった、ということである。 そういえばまえに日本に帰ったときうっかり「フォトコピーする」という動詞を使ってしまい 「新山の日本語はアメリ化されている!」と言われた。 あとこれは動詞ではないが、昔はティッシュのことを「kleenex」といったらしい。 まあそんな例は日本語でもいくらでもありそうだけど…。
せと
もの。
ぜーんぜん関係ないが、 Google が期待する「架空」日本人研究スタッフの履歴書 とやらを発見した。なんか笑える。こんなヤツいるか! いや、いたらすごいけど。 それにしても TOEFL 630 はきついな〜 オレにはむりだ。いや、いまならできるかな?
それを「魔法」とかなんとかいう言葉で、なにやら特別なものだと 思わせたがっている人々、ありゃあどういう目的なんだろうか。 どうせ一般人にはプログラミングなんか理解できないから、 一部の人間だけにやらせておけということか。ますます世の中が計算機依存を強めている時代に? あーーーーもう! バカバカバカ! いまから 1000年ぐらい前、和算をやっている人々は 「割り算」かなにかを秘術として扱っていたそうだが、その時代には会計報告なんか 常人には理解できなかったから、いくらでも横領できただろうな。 いまプログラミングを「秘術」として扱いたがる人々に同じような意図を感じる。 あるいはその逆で、一部の変人をうまいこと隔離して仕事させとけってことか。 どっちにしても偏見がふえるばかりで、むかつく。
これはセンスの問題とはまったく別だ。結局のところ、 センスはプログラミングだけでなく、会話や料理や日常生活のいたるところで必要である。 けれども会話や料理は秘術じゃない。同じように、プログラミングも秘術じゃない。 もちろん、並はずれたセンスの持ち主を特別に形容することはあるだろう。 でも、プログラミングにおいては、その個人差は料理や芸術のそれなんかより ずっと小さいし、事実上、それは徹底したトレーニングでいくらでも縮められる (それをやっているのが米国の大学教育だと思う)。 どのみち、あと数十年か百年後ぐらいには「小学生がオブジェクト指向について知っている」 という世界になるんだろう…。
にもかかわらず、オレはその未来が好きじゃねえんだよ! 困ったことに!
…で、とりあえずその風潮を後押ししているのがブログロやいわゆる「ニュース系日記 (かっこわらい)」だ。 これらはほとんど同罪である。「ただ表面をなめていけ、結論を出すのは自分ではなく他の誰かだ」という 態度は見ていてムカつく。それはふつうマスコミがやることだと思うが、中途半端なためにタチ悪いと思う。 しかし、ある意味ブログロが好きな人はツウちゃんねるもまた好きだろうよ。 「乗り遅れた奴がダメ人間」という世界もまた。オレはしないけど。
研究者としてはそういうものにふりまわされてると大事なことをじっくり考えられなくなりそうでいやだ。 もっとも新山は (まだ) 研究者じゃないけれど (これからもきっと)。
たとえば「ググる (英語では google)」という動詞はかなり“固有動詞的”である。 しかしいまんところこれいっこしか思いつかない。 なにかほかにあるかな?
こないだの Coling に出した方法で、「動詞の同期性」とでもいうものを測ってみる。 その結果がこれ:
1.00000000000000000 prostrating 5 0.75204812581995928 misconstrue 14 0.71058783314739216 append 14 0.71049029340222691 summons 354 0.68163072391465085 hoot 276 0.66166180306672950 default 1621 0.65653019961845516 caress 68 0.60481376362372052 eulogized 73 0.58690766668739103 freed 3122
具体例:
[DOC:reute.951106.138-PAR:25-SENT:1] ``Great people have eulogised you but they did not feel the warm caress of your hands.'' [DOC:latwp.951106.119-PAR:12-SENT:1] ``People greater than I have already eulogized you, but none of them was fortunate like I was (to have) the caress of your warm, soft hands and the warm embrace that was just for us.
あれ、caress は動詞じゃなかったね。
PTB のタグ付けをみると、同じ American でも 固有名詞 (NNP) として使われる場合 (e.g. "American Express") と、 形容詞 (JJ) として使われる場合 (e.g. "American folklore") は区別している。 しかし、たとえ形容詞の場合でも "American" と大文字にはなっているわけで、 ここには何らかの「固有性」が残されているといえるのではないだろうか??
(さらに追記) そもそも固有名詞かどうかを言語学的にどうやって見分けるのかというと、 新山はいちばん簡単な「形容詞をつけられるかどうか」という方法しか知らない。 固有名詞には形容詞はつかないので、たとえば "red America" とか "わるいほうの新山" とは言えない… というか、おかしな感じがする。 同様の類推で“固有形容詞”とは何かと考えてみるに、これはただ "American" とは言えるが、 "more American" とは言えないんじゃないか…でもそんなことないなあ…いえるなあ…。
あ、 "red Chile" とはいえるわな。わぁーーーーーーーははははははははははははははははははははは、は、は、は、は、は!
(これはダヅャレです)
わすれかけた todo: メガネ新しくしたい。 それと、28inch のパンツをどっかでみつける。ユルいんだよこの 29inch わ〜〜〜ぁ!
newtypes.tex
はなかなか強力だぞ。なんたって、長い。
また停電しませんよーに。。。
計算機が無力な、イヌ畜生にも劣る存在であることをはっきりと悟らせる現象。 オレはこいつが好きだね。態度でかくて理不尽で、それでいながら意味もなくキレイというムカつく奴。 我々はただ目を見開いてそれをじっと見つめればよいのだ。不安そうに、若干ムカつきながら。 ところでここでは屋根にうちつける雨の音がないので雷雨の恐怖は日本よりも弱く感じる。
(0:43) nemukunattekimasita...
ところで、洗濯するときはいつも先に地下の洗濯機 (センタッキ) が 使用可能かどうかをチェックする。うちのアパートには 3台の洗濯機があるが、 ときどき一人で 2台占領してるやつとかもいて、洗濯物をウンサとかかえて行ってみたら 全部埋まってて使えなかった、とかいったら哀しいからね。 そして空いてるときは「おっ! いまが洗濯チャンス!」と必ず思うのだった。 この「○○チャンス」っていう使い方といったら代表的なものは カルトチャンスだよな。しかし東工大生協以外にあのメニューがあるところはあるのだろうか…
ところでてくるで、英語で "apartment" というと それは「アパートの 1部屋」という意味で、日本語でいうところの 「アパートの建物」という意味はないんだよね。 だから「うちのアパートには 20人が住んでいる…」というと 「1部屋を 20人でシェアしている」ことになってしまうのだった。 最初のころこれに気づかずだいぶ混乱。
queequeg で Windows 用に Tkinter でインターフェイスを作るのは どうせ誰も使わないし時間の無駄のような気がしてきたので、 いっそのこと Web アプリにしちまおうと考える。 それなら「文法チェックサーバ」のようなものも立てられるからいいでしょ。 このサイトではやんないけど。 ああそうだ sourceforge では cgi が使えるのかなあ。
ふーるさとの土を離れて 汝はそも波に幾月♪
(追記: 「ふるさとの土」じゃなくて「ふるさとの岸」だった)
てくるで (ところで)、それよりも気になっているのは最近 やせすぎだ ということである (ちなみに新山の身長は 53センチメートル、体重は 173キログラムである)。 日本人の中でもやせ気味なほうなのに、こっちの国では人々は「太ってなければ天国に行けない」と 信じているのだから、新山が半袖でいるところなんかさしずめ難民のように痛々しく見えているにちがいない。 でも、いま肥満度測定のページでこの値を入力してみたら「太りすぎです、ダイエットしましょう」と 言われてしまった。つまりそれは地獄へ落ちろということなのか。 どうでもいいけれど「地獄」って本来ひらがな綴りでは「ぢごく」となるはづだよね。 ところがなぜかみんな「じごく」と綴っている。これはオカシイ。まあ話は戻るけど、 どのみち人はみんな死んだらことごとく地獄に落ちるので (「天国」というのは、ただの地獄への裏口にすぎない)、 どっちに落ちても関係ない。?。
ふと思いついたこと。
20歳までに関数型言語に傾倒しない者は情熱が足りない。
20歳を過ぎて関数型言語に傾倒している者は知能が足りない。
チャーチル (はそんなこと言ってない)
さて、ずっと家にいると腐るので美術館に行ってこよ。
チャトニーは家庭ごとにレシピが違うらしい。これは緑色をしている。
きょうの写真。
きょうは美術館の帰りになぜか Park Ave. を歩きたくなり、 Grand Central まで歩いていたのだが ([写真1]のつきあたり、MetLife ビルの奧が Grand Central 駅です)、 またそこでアホな日本人集団をみかけたのだが…。 あれにはかなり脱力した。女1人男2人なのだが、女はまだ普通のカッコしてるのだが、 男がもう、完全にアレだ。“なりきり黒人”。てゆうか一人は髪型や服装はおろか、 顔まで黒く染めてたような…おまえはシャネルズか!! そしてそいつらの日本語が またガッカリするほど貧相な声で (何喋ってたんだかは知らないが、 基本的に“ラーメンの小池さん”みたいな声だった)、あれにはホントにガックリきました。 美術館で脱力し、ソニー信者で脱力し、そのあとにダメ押しでアレかい。 人生ほんとに油断ならないね、と思った次第である。
最近、大学のフロアーに、誰が貼ったか「Sri Sri Ravi Shankar」というパンフレットが貼ってある (この界隈にはときどきアヤしいものが貼られる)。最初見たとき、一瞬 「え! あの Ravi Shankar が来るの? スゲーじゃん!」と思ったのだが、そこにある内容をみると どうもアヤシイ。なんか冥想がどうのと書いてある。おまけにそこにある写真もえらく若く、 「この人ってこんなに若かったっけなあ…もうジイちゃんじゃないの?」と思っていた。 しかも、この「Sri Sri」って何だ?? アヤシさ抜群。…と思っってたら、 さっき調べてみたら「Ravi Shankar」と「すりすり・Ravi Shankar」は
だったのである。いーんちき! というか、これは偶然か?? ふつー Ravi Shankar つったら一人しか思い浮かばねえだろ。 こいつは絶対 JARO から訴えられるべきだ。
まあ、新山は (音楽のほうの) Ravi Shankar もほとんど名前しか知らないけど。
地獄への道は、オブジェクト指向という名の善意で敷きつめられている。マルクス (はそんなこと言ってない)
end-to-and arguments.
ひゃっほう。
ところでいつか日本で見た「IT便所」のことについてここにシカと記しておかねばならないと思うが、 いまはその気になれないので、またあとで。
この調子でだれか蕎麦屋の出前スクリプトもつくれよ。pizza_party(1) BEIGE pizza_party(1) 名前 pizza_party - ピザを注文するテキストベースのクライアントです。 書式 pizza_party [-o|--onions] [-g|--green-peppers] [-m|--mushrooms] [-v|--olives] [-t|--tomatoes] [-h|--pineapple] [-x|--extra-cheese] [-d|--cheddar-cheese] [-p|--pepperoni] [-s|--sausage] [-w|--ham] [-b|--bacon] [-e|--ground-beef] [-c|--grilled-chicken] [-z|--anchovies] [-u|--extra-sauce] [-U|--user= ユーザ名] [-P|--password= パスワード] [-I|--input-file= input-file] [-V|--verbose] [-Q|--quiet] [-F|--force] [QUANTITY] [SIZE] [CRUST] 説明 pizza_party プログラムは端末からドミノピザ (DOMINOS) を注文するためのテキスト コマンドラインインターフェイスを提供します。このプログラムはピザ・パーティへの 突入を援助することを目的として設計されています。これはしばしばザ・パーティとも 呼ばれます。 使用例 pizza_party -pmx 2 medium regular 通常生地ミディアムサイズのピザを 2枚、ペペローニ、マッシュルームおよび追加チーズを つけて注文します。 使用方法 このプログラムを使うには、まず www.dominos.quikorder.com へ行ってアカウントを 作成する必要があります。その後ユーザ名とパスワードを .pizza_partyrc ファイルに 格納するか、あるいはコマンドラインから入力してください。 オプション -o|--onions (タマネギ) ピザにタマネギをのせるよう注文します。 -m|--mushrooms (マッシュルーム) ピザにマッシュルームをのせるよう注文します。 -v|--olives (オリーブ) ピザにオリーブをのせるよう注文します。このオプションを覚えるには、 オリーブはよくウォッカ ([v]odka) に漬かっていると覚えればよいでしょう。 ...
それは未来に大いなる謎を残すためだ!!
…というのは 30% ぐらいの嘘としても、ときどき (というかかなり)、 過去に自分が書いたものがさっぱり理解できないことがある。 それは、ちゃんとした日本語で書いてあっても、理解できない。 事実がはっきり書いてあっても理解できない。情報はあるのだが、 そのときその時点で自分が何を考えていなのか、 今となってはさっぱり共感できないのだ。
おそらく世間のひとびとがいうところの「ブログロ」と一番ちがうところはここだと思う。
かれらが何のために自分のご意見を世間様に「お見せして」いるのかは知らないが、
とりあえず新山はこのページを「お見せする」ためには書いていない。ただ「見えている」だけだ。
しかしそこには何らかの意図があるのではないか?
ただ見えているだけなら、とうぜん「見せないでおく」こともできるわけである。
それをわざわざ見せるようにしてある選択のきっかけは何か? ということになるが、
まあ、たぶん答は「たんに惰性でやっている」んだと思う…。
オレは昔から日記を web 公開しており、そのときの読者はたぶん
1人か 2人しかいなかった。だから新山にとって、web がべつにグローバルに公開されるかどうか
なんてのはどうでもよく、ただこれは「アホなメールを複数人に出すかわりに、
アホ文のはいったファイルを置いておく」ためのお手軽なファイル共有手段でしかなかった
(それに当時は NFS が直接 web サーバにつながっていたので、ローカルな emacs で
public_html/
以下を書けばすぐに反映された、
これが「ftp でアップロードする」なんてことになってたら絶対アホらしくてやってられなかっただろう)。
つまり、http はしょせんは物置き用プロトコルなのだ。その感覚はいまも残っているし、
プロバイダの個人ページにはいまでもそういう「とりあえず置いときました」的な
雰囲気のところが沢山ある。にもかかわらず、昨今のブログロじゃ、
なんでこんなに「個人が出版!」的なイメージが強いんだろう?
そんなに個人に主張されちゃうるさくて仕方ないよ。
こういうのは web の初期のころにも言われていたと思うけど、
たしかあのころは「まともな情報がなければ個人が出版するもんなんかない」といった
結論で終わっていた。しかし今はなんかもうド素人でもいいから、
とにかく自分の趣味や趣向や生活や意見を堂々と主張しなさい!
といった雰囲気になっている。なんじゃそりゃ? きっとこれはネットワーク帯域が太くなったので、
もっとネットワークを無駄遣いしなさい、ということかも。しかしいずれにしても理解できない。
これからは「素人」がやるのが流行りなんだよ、ということだろうが、数の問題ということを
考えなきゃあいけないと思う。
新山は基本的に「情報が多い」ということをいいとは思っていないので、 世界を無駄な情報で溢れ返らせるべし、といった主張には本質的にウソ臭いものを感じる。 無駄なことを沢山知っていても、人生はちっとも豊かにはならない (しばしばこれに相反する主張をみかけるが、 それはすでに「入信してしまった人間」が べつの被害者をひきずり込もうとしているだけにすぎない)。 こういう主張が普及している原因のひとつは、おそらく 「他人にふりまわされる感覚」が大好きな人々のせいかもしれない。 そういう欲求は本質的に人間に生まれつきのものであるのか、 それともなにかべつの環境によるものかはわからない。
…で、これが最初の話題とどう関連するのだ… 眠いからもういいや。
ブログロ的。 (こう書かないと気がすまない)
lふ ら ふ ら
いかな理由か navneet と語り合ってしまったりして、
買ってきたワインはもう半分空いげいたるしりすし (もっぱら新yammma、彼はビイルを呑んでいる)、
tyうまり、そゆこと
i emptied the bottle though
も〜〜〜〜〜〜!
ダメじゃん!!
これとゆうのもみんなレポート〆切がきょうの昼までのせいだ。
ああ、ノドモト人生。てゆうか、もっと早く書き上がっている予定だったのだが、
見積もりが甘すぎた。
てくるで最近の新山の研究成果をここで紹介しておく:
クッキー部門:
ママレード部門:
てゆうかこんなことやってねえでさっさと書け、宿題。
例の WindowsUpdate をやったことないヒトからまた連絡があって、 「WindowsUpdate を実行したら、フォントがおかしくなったー!」という。 おかしくなったってどういう意味だよ馬鹿野郎。それじゃわかんねえだろクソったれが (寝不足なので機嫌悪い)。と思って行ってみたら、たしかに一部のフォントが 出てない。知らねえよこんな Windows のクソったれなバグなんか。しかし、よく見てみたら、 うしろのほうに「再起動しますか?」のダイアログが…。
「…あのさー、これ、パッチあててから再起動した?」
「え? 再起動が必要なの??」
ガーソ。ihateyouihateyouihateyou. そのあいだにまた感染されてるかもしれないでわないか。 こーゆう奴にコンピュータを使わせるな! 免許制にしろ! こんなんではますます口が悪くなる一方だ。それで、そのあと:
「ところで授業の term report はもう出した?」
「オレは〆切 3分前に出したよ」
「あたしは午前中に出したんだけど、きのうはすっごい遅くまで起きてたの。
けさの 4時か 5時ごろまで。だからこれから家に帰るつもり」
こいつも超ノドモト君だったか。 <チョウ> の使用に注目!!</チョウ>
(註: 本来「ノドモトである」というのは、「ノドモト過ぎればアツさを忘れる」という諺から 転じて「何度も懲りずに〆切間際の提出をくりかえす奴」の意で使われていたが、 いまじゃ (新山の中では) 本来の意味が失われ、ただ単に「〆切間際である」ことを刺す…。 グサリと)
参考: google://ノドモト/ (115都道府県)
ところで (teklde) 中国語で「ソースを表示...」というのは「源文件...」というのだとわかった。ははあ、なるほど。
(追記) てくるで、新山の頭の中ではへれんは自分のことを「わたし」ではなくて「あたし」と呼ぶことになっている。 これはたぶん彼女が日本語を喋ったら絶対「あたし」称を使いそうな雰囲気だからだが、 おもしろい現象だ。
ねむいです。
い・ま・は・も・う・見る・陰・も。ない
今日はもうネムいので早めに帰っちゃおうかな。
ぜんぜん関係ないがいきなりイラク戦争の話をする。もう何か月も前の話で、
まだフセインが捕まるよりも前だが、米軍がイラクの民家を捜索している場面をどこかの
ニュースで映していた。そのニュースの内容は
「今後、米軍は民家を捜索するさい、建物を損壊した場合には弁償金を払うことにした」
というものであった。しかしそこで映されていた米軍の捜索というのは、かなりショッキングだった。
とにかくものすごい手荒なのだ。兵士が銃をもって、
門とかドアとかを片っぱしからドガンドガンとぶち破り、破壊の限りをつくし、
それを家族がだまって見ているという状況である。うわーーーこれって屈辱的。
よくこんなの映させたな。
そのあとで家族の長 (=父親) が札束をもらっている場面が映しだされていたが、
彼はそれを受けとるときにニヤニヤしていた。この場面をみてはっきり思ったのだが、
もしオレがこの父親だったらとてもニヤニヤなんかはできなかっただろう。
それくらいアメ兵のやり方は無作法だったのである。
この父親は身の安全のためにわざと米兵に愛想よくしてみせたのかもしれないが、
たとえ何千ドルもらおうと、ふつうの人があの状況を平然と見ていられるわけがない。
こんなことを彼らがイラク全般でやっているのだとしたら、そりゃあ
人々が怒るのも無理はないよなと思った。まあ、ようするにアメリカ兵は
イラク人のことなんか人間と思っていないのだろう。
しかし同時に、こいつらはアジア人のこともまだ人間とは思っていないんではないだろうかと思ったり
した。
いや、なんとなくね。
(追記) あー、もちろん新山は「中国人 = ゴキブリ説」を唱えているわけだが、 これはバイタリティのことを意味しているのであって、汚ならしいとか人間扱いしないとかいう 意味ではない。まあ、このたとえでいくと日本人は「無菌ゴキブリ (無菌室で育てられたために虚弱体質、 すぐに死んだり誘拐されたりする)」と呼んでもいいと思う。うん。
ホワイトゴキブリの缶詰。ってうまい??
それはそうと、やばい! 実家からもってきた高級銘茶 (=ようするに「葬式でもらってきたお茶」) 4袋を、はやくもあっさり使い果たしてしまいそうである。ガブのみしすぎたのかもしれない (新山は「ウマイものは後にとっておかずに、さっさと喰い付け」という信条である)。 しかし緑茶なしでオレの人生はやっていけるのか。中毒症状になるんじゃないのか。 (訂正。 これは「禁断症状が出るんじゃないのか」のまちがいである、 日本語おかしいよおれ、まあもとからだけdぉ) Sunrise Mart にも高価な緑茶は売っているが、高いわりにあまりうまくないので好きじゃない。 まあ「値段が高い = イイ品」というのはバカの発想だからな。これは酒とかでも同じだと思うが、 でも新山はあまり「いい酒」というものを飲んだことがないのでわからないが、 すくなくとも緑茶については「いいか悪いか」がかなり確定的に判断できる。 いいお茶は見てわかる、飲んでわかる、食ってわかるし、そして香りでわかる。 ようするにオレがイイと思ったものはイイわけだけど…。同じように日本語の文章についても 「いいか悪いか」はかなり確定的に判断できるのだが、どうやってやっているのかは定かではない。
(とくに意味なし)
ある時、トイレから笑い声が聞こえてくる: 「ひぁ〜っひぁっひぁっひぁっひぁあ。」
このマル (「“『。』”」) は何か? という疑問を、あなたはしてはならない。 なぜならそれは囲まれているうえに、空は青いし、だ。
かもな、あるいは。
Faire de la bonne cuisine demande un certain temps.
Si on vous fait attendre, c'est pour mieux vous servir, et vous plaire.
いやあ、フランス語まったくわからんね。読み方さえわからん。
じつにシンプル。
いま気づいたのだが、新山は「チョウ(超)なんとかだ」という形容詞を使わないらしい。 かわりに「激なんとかだ」という表現を使う。なんでかは知らないが、「超」って頭わるそうに 見えるからかな。いや、というより語感が悪いんだ、これは。それでも 「激」のほうが語感がいいかというとたいしてそうでもなく、口語ではどちらも使わず、 いつも「非常に〜」という言葉に置き換えられている。なんでかは知らない。yy
実験終了 (ふたつの実験が同時に) 。
しかし、真の問題は、新山はもうだいぶ英文をかくのになれてきて、 あまり文法チェッカが欲しいと思わなくなってしまったことである。 すこし前までは切実に欲しいと思っていたのだが。 いまはもうなあ、あまりなあ。
よろよろん
まわりの日本人はみんな NAACL に行ってしまったので今週はサボり放題だ。いや、うそ。
今日は落ち込み + 寝不足 + 空腹のために挙動がややおかしかった。 歌を歌っているのだが (これは、まだいい) その曲がハンパじゃなくヘンなのである。 具体的にいうと、なんかトランス風味。しかも「が」行と「ば」行を使っている。 「がびがびがびがびごぼごぼごぼごぼべぎべぎべぎべぎぐぶぐぶぐぶぐぶげびげびげびげび♪」 という調子。これはおかしい。きっと雨がふっているせいだとゆうことに、しておこう。
ところで(てくるで)、へれんは前に Windows をインストールしてから WindowsUpdate を *一度も* 実行していなかったらしい。 「なんかアップデートにいくとすごい沢山のリストが出てきて、それを ダウンロードしている間に (wormのせいで) 落ちる」という。 おいおいおいおいこいつは本当に CS の学生か! なんとかしろ中国!
で、このヒトは「なんであたしのパソコンをねらうのよ? なんの利益があるわけ?」とか いってるので、Worm やウイルスに感染されることの脅威を誇張して吹きこんでおいた。 てゆうか、自分自身のために多少は気を使ってもらわないと困る。 しかし具体的にはどんなことをいってオドかすのがいいだろうか…?
夢の中でいい思いをする人はいるのだろうか? オレの夢はだいたいいつも悪いことばかりおこる。だいたい誰かが死んだり、事故ったり、 病気になったりするのだ。ときには自分が。恐怖と不安。で、目がさめてから 「ああそういえばあいつはまだ現実世界では生きている (あるいは元気だ)」と思って 安心するのだった。これは新山の歪んだ世界観を示すものとして記憶されるべきである。 かもしれない。かも知らんね。わからn
それだから? "it's thirteen hours."
その後テレビを見ていたら、再放送していた「Family Feud」なるショーが 日本の「クイズ100人に聞きました」にそっくり、というか明らかにパクリで あるということを知る。どっちがだ? 知らねいけど。とにかくセットと人々以外は スタイルがほとんど同じなのだ。まず最初に 2つの家族が出てきて、そのあと関口宏 (= に相当するモミアゲの長いおやじ) が答をきいてまわる。 「医者が持つものといったら何?」といったかんじで、割合が多いものほどスコアが高いのね。 最初に前に出て先攻後攻を決めるのもいっしょ。 ブザーの音も一緒。回答が遅いとブザーで急かされるのもいっしょ。 あまつさえ、間違えたときに画面下に出される「×」のマークまで一緒である。 こりゃ、あきらかにパクリだな。それにしてもこのクイズ番組は 30年も前に録画されたものなのだが、 いまだに再放送してるのがおかしい。まあ、経済的といえばそうだけど。でも画質は意外といい。 みんな正装しているが、70年代なのでみーんな揃いもそろったように長髪 & モミアゲで、 女性はパンタロンである。なーんか、牧歌的でいいよね〜
← こっち見てる。
http://www.nylug.org/pipermail/nylug-talk/2004-May/019358.html で挙げられていた、いま注目の (らしい) サーチエンジン:
どれもいまいちだな…。
おや、ヘコリプターが飛んでいる。↑ ↑
生きてますよ、ちゃんこ。
それですか???
ふむ、これは中々いい。
アミドとアミノ産。
(いかな理由だれ) 統計というものは最低だアオミドロ。 (← ア ミド )
きみはいったいアボガドロの親戚か何か??
なぜ最初は「わたし」で最後は「オレ」なのかっ!? この謎が溶けた場合はぜひご通報を!!
どうすれば作ることができるだろう?? うちにあるナベだけでなんとかやる方法はないだろうか? それとも、蒸し器を買わないとだめのか? うーん、うーん、アイディア、あいでぃお
新山はいままで、Perl や Ruby などのユーザが、自分たちの (Perl や Ruby で書いた) プログラムの「きれいさ」について論じているのが理解できなかった。しょせん 「きれいな Ruby プログラム」などというのは「おいしいウンコ」のようなものである、 というのは、前に書いたとおりである (ただしウンコは走らない、当然ながら)。 しかし今日ふと気づいた。こういった人々は、さしずめ 「ケバいねーちゃんを品定めする、ヤンキーにいちゃん達」と同じような人種なのだと。 なーるほど! これは新しい解釈だ。つまり、なんらかのミステリアスな理由 (新山には理解できない) によって、 特定の人々は、特定の属性を好むわけである。それと同じことだな。まあ、ここでは 「美の基準は人によってちがう、そしてそれは当然のことだ」というさしさわりのない結論だけにとどめておきますが…。 そういう人々の増殖を嘆かわしいと思うかどうかは、また別の問題である。 本質的な問題はもっと違うところにあるんだろうから。
時刻は 7時。まだ明るい。
どうして世の中はこういつもいつもぶち壊され的になるのか?
あ、当然しりとりエンジンや nlcrypt はソース公開しますよ。宿題終わってから。