Thank you for reading Japanese!
.x86f
は
あきらかに Linux と FreeBSD で互換性がないのだが、
これをアーキテクチャごとに美しく分けて管理する方法がわからない。
buildworld
はやってないけど。
こんなこというと怒られそうだが、ようするに FreeBSD を一言でいうと
「非常に完成度の高い、自動アップデートつきの Slackware」というところである。
というか、そもそも Slackware が *BSD っぽいんで、逆なんだけど。
しかし Linux が軒並み堕落した今となっては、こういう環境は貴重だ。
新山が Linux 以外でもっとも使っていた UNIX といえば Digital UNIX なのだけど (← このド変態!)、
結局あのときの原体験というのがその後ずっと役に立っているような気がする。
正直な話、Fedora や SUSE から入ってまともに UNIX の概念を身につけられる人がいるとは思えない。
きょうはいろいろ設定をやり直して、複雑になっていた部分をばっさり切りおとした。
この、すっかりぜい肉を落とした xinitrc
と fvwm2rc
を見よ:
.xinitrc
:
#!/bin/sh
ulimit -c 0
umask 022
xrdb -load ~/.Xresources
xmodmap ~/.Xmodmap
xset b 0 r rate 200 60 m 4 4 +dpms
xsetroot -solid black
unset LANG
export XMODIFIERS=@im=skkinput
LC_CTYPE=ja_JP.eucJP skkinput &
fvwm2 &
supervise ~/.mp3/ &
lmclock -geometry -0+0 &
exec ssh-agent -a ~/.ssh/sock.`hostname` kterm -T login@`hostname` -n login -geometry 126x43+0-0 -lsp 3 \
-fn -kappa-fixed-bold-r-normal-*-20-*-iso8859-1 \
-fr -kappa-fixed-bold-r-normal-*-20-*-jisx0201.1976-0 \
-fk -kappa-mincho-bold-r-normal-*-20-*-jisx0208.1990-0 \
-e screen -R
.fvwm2rc
:
# .fvwm2rc
DeskTopSize 1x1
MenuStyle * fvwm, Foreground black, Background grey80, Greyed grey40
MenuStyle * Font -adobe-helvetica-bold-r-*-*-12-*-*-*-*-*-*-*
# default Styles:
Style * Font -adobe-helvetica-bold-r-*-*-12-*-*-*-*-*-*-*
Style * IconFont -adobe-helvetica-bold-r-*-*-12-*-*-*-*-*-*-*
Style * HilightFore white, HilightBack rgb:2/7/3, BackColor rgb:4/4/4
Style * BorderWidth 4, HandleWidth 4
Style * DecorateTransient, NoPPosition, CascadePlacement
Style * IconBox 0 -10 -1 -1
Style * SloppyFocus, GrabFocus
TitleStyle LeftJustified Height 16
# Styles for various common programs:
Style *lock NoTitle, BorderWidth 0, NoHandles, Sticky, WindowListSkip, StaysOnTop, NeverFocus
Style xconsole WindowListSkip
# some simple default key bindings:
Key N A SM Next [*] Focus
Key P A SM Prev [*] Focus
Key 0 A M Iconify
Key 1 A M Maximize 100 100
Key Return A M RaiseLower
Key Tab A M WindowList Root c c CurrentAtEnd
# for the root window:
Mouse 1 R A WindowList
Mouse 2 R A Menu MenuFvwmWindowOps Nop
Mouse 3 RT A Menu MenuFvwmRoot Nop
# for the title bar buttons:
Mouse 0 1 A Menu MenuFvwmWindowOps Close
Mouse 0 2 A Maximize 100 100
Mouse 0 4 A Iconify
# for other parts of the window/borders/icons:
Mouse 1 FS A FuncFvwmResizeOrRaise
Mouse 1 T A FuncFvwmMoveOrRaise
Mouse 1 I A Iconify
Mouse 2 FST A Menu MenuFvwmWindowOps Nop
Mouse 3 SIF A RaiseLower
DestroyMenu MenuFvwmRoot
AddToMenu MenuFvwmRoot
+ "=Fvwm2=" Title
+ "KTerm" Exec exec kterm
+ "Firefox" Exec exec firefox
+ "" Nop
+ "Restart" Restart
DestroyMenu MenuFvwmWindowOps
AddToMenu MenuFvwmWindowOps
+ "Move" Move
+ "Resize" Resize
+ "Raise" Raise
+ "Lower" Lower
+ "(De)iconify" Iconify
+ "(Un)stick" Stick
+ "(Un)maximize" Maximize
+ "" Nop
+ "Delete" Delete
+ "Close" Close
+ "Destroy" Destroy
DestroyFunc FuncFvwmMoveOrRaise
AddToFunc FuncFvwmMoveOrRaise
+ I Raise
+ M Move
+ D Lower
DestroyFunc FuncFvwmResizeOrRaise
AddToFunc FuncFvwmResizeOrRaise
+ I Raise
+ M Resize
+ D Lower
いやーそれにしても新山はほんとに「表面的なこと」に依存している。 Kappa 20 と Unicomp の重厚音キーボードがなかったら、 効率は今よりずっと落ちていただろう。
ふと「そうだ、そういえば論文書いたらオレは FreeBSD をインストールするんだった」と
思いたって 6.0 をとってくる。Gentoo が入っていたディスクのパーティションを
全部消して上書き (バックアップは毎日別のディスクにとっているのでたぶん安心)。
そんで適当にオプションを選んでほぼ標準構成でインストール。
そしたらいきなり X が立ち上がらねー!
"Fatal Server Error: xf86EnableIO failed to open /dev/io for extended I/O
"
とでる。いろいろ調べてみたら "device mem
" と "device io
" を許可にして
カーネルを再構築しなければならないらしい。なんでデフォルトで入ってないんだよーー。
FreeBSD Handbook をみながらなんとか GENERIC をコピーしてオプションを追加して再構築して、
さて起動してみるがあいかわらず X は上がらず。なんでー??
そのあとさらに調べていくと、どうやらこれはセキュリティレベルのせいらしい。
そういえばオレはインストール時に securelevel を 3 にしている。
これが原因か。しかし rc.conf
の kern_securelevel = "0"
にしても
変わらず。なんか securelevel がどうしても 1 になっちゃうんですけど…。
kern_securelevel_enable
を "NO"
にしなければだめなのか?
やってみたが、何も起こらん。あいかわらず securelevel は 1 になっている。
なんでじゃーー! と思っていたら、
rc.conf の下のほうにもうひとつの kern_securelevel = "1"
が入っていた…。
どうやら sysinstall
が追加したものらっし。くそったれ。
ようやく X が起動したら、こんどはマウスの動きが変。
あーなんかこれは昔あったような。moused
関連と
xorg.conf
を書き直したらなんとか動くようになったが、
ホイールが使えない状態に。これはまたあとで直そう。
あとは、なんだ。autofs には対応してないのか。FreeBSD でかわりに装備されているのは
amd
である。あむど!! (むかしはうちの研究室ではこう呼んでいた)
こんな単語はもう 5年ぐらい聞いていなかったよ。急激に記憶が巻戻されていくのを感じた。
とりあえずいまはテキトーに /net
経由でマウントして、
ほかにもやることがいろいろあるな。pf の使い方がさっぱりわからんので、
ぜんぜんポートを閉じてない。非常にヤバいな。
とりあえず ssh のポートを 22 から xxx に変える。
あとは…どうしよう。
あれっ? そういえば rc.conf.local
を使うのが正しいんだった。
あとは sendmail
を止めて dnscache をインストールして…
というのは明日やろう。
適宜ヤルコト一覧:
新山は年賀状は出さないが年末にカードは書くため、 毎年この時期には一年のうちでもっとも手書き文字を多く書く時である。 Cooper Station の郵便局は激混んでいた。 この時期はクリスマスカードの束をもった人やら、 小型の冷蔵庫ほどもある「オイオイこんなの送れんのかよ」というデカい小包を 窓口までひきずっていくおばちゃんやらでごった返している。 行列は 10分ぐらいかかった。新山はこういう「年末の混んでる郵便局」ってのがわりと好きだ。 なぜだか。しかもこういうときは夕暮れ刻でなければならない。 なんなのだろうこのステロタイプわ。
そのあと父に買っていくサケをさがしに酒屋をまわる。 大学のすぐ近くにはデカい酒屋が 2件あるのだが、 どっちもお目当てのものは見つからず。 もう面倒くさいからテキトーに mccallan とかにしちゃおうか。 以前 mccallan は日本人好みの味で、日本で異常にウケているという話を聞いたことがあるが、 米国ではあまり見かけない。JFK の免税店にもなかったし、そんなにメジャーでもないのだろう。 ジョニ黒とかはやたらとあるのだが。あと Glenほにゃららとか Bowmore をよくみる。 山崎もわりとよく売っている。 ちなみに、新山は個人的にはバランタインが好きだ (blended だが)。 なぜなら空港の免税店でも売ってるので持ち帰るのがラクだから。sondake..
新山がウィスキーを買うのは 1年に 1度しかないが、 どうせ金をかけるなら少量でもいいモノを買うようにしたいよね…。
ああ、モツ鍋食いたい。
光学マウスを買うべきか。
マウスをほとんど使わないのにボールにゴミがやたらとたまるのはマウスをほとんど使っていないからか。
しかしそのために光学マウスを買うのは敗北ではないのか。
前世の記憶がそうさせるのか。
CString
" とか "CMapStringToPtr
" とかいうのを使っている。
こりゃ Unix で動かねえわけだ。
そんでオレは STLなんてずっと使ってないから忘れている。
あまつさえ新しい関数を定義するときに def
なんて書いてる始末。
おわってます。
以下、てきとーに考えた変換規則 (まだテストしてません):
CStringArray → vector<string>
ary.Add(str) → ary.push_back(str);
ary.GetSize() → ary.size();
CString → string
str.Format("...", a, b, c, ...); → { char buf[1024]; snprintf(buf, sizeof(buf), "...", a, b, c, ...) str=buf; }
str.GetLength() → str.size()
str.Right(n) → str.substr(str.size()-n, n)
str.Left(n) → str.substr(0, n)
str.Find(c) → str.find(c)
CMapStringToPtr → map<string, void*>
map.RemoveAll() → map.clear();
map.SetAt(str, p) → map[str] = p;
for(POSITION pos = map.GetStartPosition(); pos != NULL;) {
map.GetNextAssoc(pos, str, p);
}
→
for(map<string, void*>::iterator pos = map.begin(); pos != map.end(); pos++) {
str = pos->first; p = pos->second;
}
BOOL found = map.Lookup(str, p);
if (found) {
return p;
}
→
map<string, void*>::iterator iter = map.find(str);
if (iter != map.end()) {
return iter->second;
}
hash_map
てのはなくなっちゃったの??
それともいまは他のがあるのだろうか。よくわかんないや。
Stroustrup の本はさっさと改訂しろよ、ベケヤロが。(どのみちオレはもう買わんケド)
もうこんな時間だ。帰ろ。 スキヤッキをやる最大の欠点は、終わったあとに身体がスキヤキ臭くなることだ。 電車に乗っているときに自分で実感した。とくに髪の毛に匂いがつく。 そしていまのオレはボサの助になっている。
todo: 明日は花を買うこと。
今日は占いクッキーはなし。今日おぼえた単語「カラヒーヨ」
新山が何よりムカつくのは、この国には 50セントの硬貨がなく、 こういった機械のほとんどは「25セント硬貨」にしか対応してないということである。 これではジャラジャラ地獄がさらに加速されてしまうではないか。 お前ら日本を見習えよ。日本ではなあ、今はなあ、コインランドリーだって 神社のお賽銭だってタバコ屋の赤電話だって携帯電話から支払いできるんだぞ。ざまあみろ!!
どうでもいいけど (どうでもより)、携帯電話から決済できる 10円赤電話というのを誰か本当に作んないものだろうか。
どちらも 5年ほど前の文章だが、翻訳する価値がある…と思う。 とくにインタビューは Theo様ファンなら必見である。 本当はこの翻訳は先週にはすでにできていて、KernelTrap からの 許可ももらっていたのだが、論文書いてるあいだはずっと時間がとれなくて こまかい調整ができなかった。
とくに好きなのは以下のくだり:
Theo de Raadt: (中略) … ぼくが何をやっているかについて、ちょっとした混乱があると思う。 ぼくは特定のなにかについて作業しているわけではないんだ。 むしろぼくは、ありとあらゆる、ほとんどすべてのものについて作業している。 朝のメールに目を通したあと、ぼくはほとんどランダムにソースツリーのある部分を とってきて、それを読むんだ。ぼくはバグを見つけようとする。この作業はもう 2、3年やってきてるもんで、いまじゃこれはだんだん難しくなってきたよ! だが、おもな目標は新しい型のプログラマのエラーを見つけることだ。 たとえばここ数ヶ月のあいだ、ぼくはユーザーランドのプログラム中におけるsignal
とlongjmp
の競合をみつける作業をしていた。 それからfd_set
のオーバーフローを解消するという作業もつづけている。 …
見ろ、これを。Theo は一般には「厨房」ってことになってるが、 こういう地道な活動をしている人こそ本当はエラいんじゃないのか。 にもかかわらず世間を見れば、Buzzword をふりまわすアホどもの声ばかりデカい。 これじゃ人間不信になるよ。
ああ一日とは
なんとはやく
たってしまうもの
だなあ
どうでもいいけど今日は非常、あたかい。現在 7℃もある。
そしてうが〜〜 8ページ超えた! 削らなければ。くそったれ。
これというのも全部 latex の figure
環境が悪い。
お前が余計なスペースを入れるからだ!
(追記) きょうのころきあは Log TM (Transaction Memory) の話。 今後、マルチコアが普及するにつれ並列プログラミングは避けて通れないようになるだろうという仮定のもと (この仮定自身がそもそもあやしいが)、メモリ自身にトランザクション機能を持たせることを想定した研究。 なぜメモリにトランザクション機能が必要か? というと、 そもそも並列プログラミングのパフォーマンスというのはほとんどが排他領域のロックで決まるからなのである。 なぜなら複数のスレッドがひとつの共有領域を何回もアクセスするから、 ロックが荒すぎる (coarse) と競合 (contention) が沢山起こって、並列処理しても速度はぜんぜんスケールしないし、 かといって細かいロックをソフトウェアでやりすぎると、 毎回オーバーヘッドがでかくなってプログラム全体が遅くなる。 そこで、どうしてもハードウェアによるサポートが必要だろう、ということだった。 さて、ハードウェア (メモリ + プロセッサ) によるトランザクション機能を想定した場合、 そのアルゴリズムはどのようなものが望ましいのか? 競合回避やバージョン管理には じつにさまざまなアルゴリズムがあるが、基本的にはトランザクション中は あるデータ領域が複数の値を覚えていなければならない。DB とは違って、 メモリの場合は durability (持続性) が必要ないのでこれはすこしは楽である。 しかしメモリへのアクセスはディスクへのアクセスよりふつうずっと多いので、 非常に単純な方法でパフォーマンスを上げなけりゃならない。現在提案されてるのはおもに 「commit するまで古い値を残しておき、commit した瞬間にすべて書き換える」方法と、 「すぐに新しい値に書きかえてしまい、abort した時に古い値を復元する」方法の 2つのやりかたがあるが、 従来のトランザクション・メモリでは前者の方法をおもに想定していた。しかしこれは commit の処理のほうが abort よりも遅いという欠点がある。 この研究では commit のほうが abort よりもずっと頻繁に起こるという事実に 着目して、後者の方法をとった。 といってもこれはまだハードウェアができてないから、シミュレーションなんだけど。 トランザクション・メモリの利点はメモリを非常にこまかい範囲でロックできるので、 ソフトウェア側はほとんどなんにも考えなくても、ただ「こっから排他領域〜」 「〜ここまで排他領域」と宣言するだけで、あとはハードウェアがいいように排他制御してくれ、 パフォーマンスが向上するということだった。しかしこの仕組みはほぼ完全に透過にならないと 普及しないだろうという。結論は? 新山はこのトークを聞いて 「ふ〜ん」とは思ったが、とくに面白そうでもなかった。ぐりむ先生はあいかわらず 「並列プログラミングはすっごい複雑になるけど、ホントに正しい方向なのか?」って立場で質問してた。 新山もなんとなく同意だな。しかし途中で出てきた、メモリの参照元アドレスを たどれないときにとりあえず放置しておいて、あとで Lazy にクリーニングする方法は なにか他で応用がきくかもしれない。のでとりあえずここに書いておく。
\cite
をひとつ削り、
\vspace{-10pt}
を 10箇所ぐらい入れまくってようやく 10行ぶんぐらい確保。
さて、なにを書こっかな。
締め切りまであと 6時間ほど。
そういうことです。さあ帰ろ帰ろ。
あとこのバカッタレな figure環境を御する方法を覚えなければならない。 「そこでもう 1行詰めろよ!」というところで、こいつはいつもいつも送りやがる。 その結果、図表の間に大量の空白があいて 1ページ増加。ざけんな。 もう TeX はやめて Scribus の XML を直接書くっていうのはどうか?
(ここで突然スコーン! と音がして「おまいさん」は虚空に消え去る。そして暗転。)
あとに残るは嵐のような沈黙。
「毎年この季節になると手と唇がアレちゃってさー… アレ?」
新山は、どちらかといへば、不条理をたんにコメディとして見ている。
つまり世の中はみんなコメディってことだけど。連結、分割!
なんですかいこれは??
人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。
人を小馬鹿にするのもいい加減にしろ。
人を大馬鹿にするのもいい加減にしろ。
ウマ馬鹿。しかばか。 → 屍.
オレが狂っているのは論文のせいばかりだ。 probably the reason why i get this is that guy. what guy? me! i didn't say that. anyway, the paper i got was somewhat different yesterday. no, that's not what i said. using abbreviation such as 'u' or 'c' instead of 'you' or 'see' is disgusting. but probably, you never know.
新山はいつも cite をあまり入れない。 そもそも既存研究があんましないのだ (ヘンなことばっかやってるから)。 ちなみにセキネさんにも同様の傾向がある。ふたりとも 「とりあえずうまくいくことは証明したから、あとは任せた」 って考えである。このあとコツコツ性能を上げるのはどっかの金持ち企業か、 暇な学生 (アイデアは出さないが勤勉な優等生タイプ) にやらせりゃいーんだ…。 しかし新山の場合は「どうせこのあといくら頑張っても使えるモノにはならんだろう」と 思っているので、そもそも最初から確信犯なんだケドね。 新山は基本的に研究を「みせもの」としか思ってないので、 別に「みせもの度」が高ければそれでいい。 ただし自然言語処理が人類学とか素粒子物理学とかの基礎科学にくらべて あまりにも貧乏くさいということだけが不満である。 予算が少ないだけじゃなくて実際にアイデアが貧乏くさい。 どーせうまくいきゃしないのに、 中途半端に実用的なことをしようとするからいけないんだと思う。 みんな本当はそれをわかってて、気づかないフリをしているように見える。
>>> s="fugearfaerfakfhale" >>> sorted(range(len(s)), key=lambda i:s[i:]) [7, 11, 15, 4, 17, 3, 8, 6, 10, 13, 0, 2, 14, 12, 16, 5, 9, 1]
むかし、まだオンライン提出が一般でないころには、 論文原稿を手持ちで学会本部まで届けるという裏技があった。 芝浦にある情処の本部まで行ったことがある。 ちなみに、この奥義を授けてくださったのはたいざん氏である。 彼は元気にしてるのかなあ。
それにしても、新山はパーティーなどで文字の歴史やら 意味論やらに話が及ぶと非常に熱く語ってしまうという癖がある。 きょうあらためてそれを認識した。ちなみに、自然言語処理をやってる 連中とはこういう話はふつうほとんどできない (なぜなら、みんなそんなことに興味ないからなのだ)。 まあ、なんだかんだいってオレもストレスがたまっているんだな。
(追記、ちなみにきょうは -8℃近くの気温だったが、shasha せんせいは外でも半ズボンだった)
Symbolics のマシンは非常に遅かった。 いちおう当時としてはかなり高価なマシンだったらしく、 計5Mぐらいのハードディスクと、1000x800 ぐらいの解像度の白黒ディスプレイがついている (グレースケールではなくて白/黒ね)。 キーボードにはサンゼンとかがやくカッコ専用「(」「)」キーが!! ほかにも「Symbol」とか「Completion」とか「Meta」「Super」「Hyper」っていうキーがある。 オレは Super とか Hyper とかいうキーは、X11 の仕様書の中では見たことあるが、 実際にそういうキーが存在するのを見たのははじめてだよ。 で、Heow は立ち上げる方法をみつけるまでにすでに相当苦労したらしく (起動には 5分ぐらいかかる)、おまけにパスワードを知らないのでいまんとこ anonymous 権限でしか動かせていない。それにファイルにアクセスする方法がわからんといってた。 いちおう Xaw のような GUI があるのだが、慣れれば使いやすいのかもしれない。 ゴツいマウスの中に入っているのはパチンコ玉のようなむきだしの鉄球である。 それでも参加者の中には「ああ、オレ使ったことあるよ、Genera はどのバージョンだ?」 とかいう人がいるんだからおそるべし。 まあとにかくオタクな集まりなわけよ。ここは。
飯山線は大糸線などと並んで長野県が誇る“哀愁路線”である。 雪で倒木ってのもすごいが、もっとすごいのはこの「乗客1人」ってところだ。 これじゃ赤字にもなるわいな国鉄。でもこういう路線がなくなったら、 オレは日本を嫌いになるよ。
そして、そうしているうちに文章は本来よりも少しずつ伸びていく。
なさそうであるもの:
(ただの論文疲れです気にしないで)
いま世の中が激サムイ。現在 -3℃だが今夜は -7〜-8℃あたりまで下げる計画。 (誰の?)
明日はマフユ日で予想最高が -2℃。
すこし前までは長野のほうが寒めだったのに、 いつのまにか NY のほうが追い抜いちゃって、 激サム期にはサッポロよか寒くなってんだもんなあ。 たまんねえよ。そして許しがたいのはこの強風である。 もう今日なんか Washington Mews でフキとばされそうになったよ。
いっぽう、夏はもちろん東京なみに暑い。ざけんな。
今日は論文の 3章あたりまでを終えてから、 ダメ出しをされてずっと腐っていた。 しかし言われてみるとたしかにそのとおりで、 説明がひとりよがりになっている。イカンな。 自分のふだんの原則である「とにかく例をあげて説明する」の法則を 忘れてしまっていた。まあ疲れてるからって理由もあるかもしれないが、 技術的な説明文書を書くプロセスというのはプログラミングに非常によく似ている。 最初にアホな構造で書きはじめると、途中でにっちもさっちも 行かなくなり、全部おじゃんになる危険性があるのだ。
それにしてもねむー。ちきしょう
ブロードウェイにある TowerRecord 前で CCCD の悪を訴えるストールマン (12月1日)。 後のほうにいる眼鏡のヒゲおやじが Jay。よく見たら Ray もいるんじゃないか? こんな近くでやってたんだ…。知ってたら冷やかしに行ったのに、くそ。
(っと、うっかり C-u 押したら「の」が 4つ入ってしまった、 でもめんどくさいので無視rukotonisururururu.)
それにしても、凍傷のアレはすごいね。 ミヤノ日記で「こんなのでボロ儲けする奴は某建築士よりも極悪」とあったが、 たぶん真の悪人というのはつねに合法的なのだ。 法律は悪人を認識するための機械のようなものと考えることができる。 しかし法律は「ザコな悪人」を規則によって自動的に認識し牢屋にぶちこむことはできても、 真の悪人を認識することはできない。 なぜなら彼らはつねに規則によって規定されていない部分を新しく見つけだすから (それが悪人という職業だ、ともいえる)。 しかしそうするとそもそも「アク」とはなんなのか、という疑問が生まれる。 「アク」が規則で規定できないことはたしかなので (「ゼン」と同様に)、 こういうのをなるべく防ぐには、自動的な (規則による) チェックになるべく頼らない、 人手による介入をより増やすしかない。たぶん。 でもまちがいなく世の中の流れはこの逆の方向にむかっている。 乗り物だけじゃなく、法律も教育も「自動化」っぽくしようという雰囲気がある。 効率を上げるのがよしとされているんだからしょうがない。で、効率って何よ?
そんで日経のニュースをみて同時にすごいと思ったのがコイズミ首相の「王様」ぶりである。 誰でも間違いはあるよねとか、愛知博に弁当持ちこませろとか、こういう発言が 真面目に報道されて実社会に影響を与えるというのはすごい。 これは、王様が「ここはひとつワシに免じて許しておくれ」といってるのと同じだと思う。 王様は政治もするが、それより重要だったのは その「権威」でもって社会を落ちつかせるという機能だ。 これは意味もなく崇拝されてる人にしかできないワザだ。ある意味、ヤクザの親分にも近い。 権力が分立されている近代の政治では、ふつう首相は政治だけをやる 「システムの一部」であって、 こんな民事的なことに口を出さないだろうし、出してもそれは 「余計なお世話」ということにされると思う (たぶん)。 つまり日本はまだ封建社会っぽいのだ。 まあ、欧米でも究極的にはそうかもしれないけどね…。
追記。たぶん「効率」ってのは、CS用語でいえば「スループット」にあたるものだと思う。 とにかく分母が時間であることはまちがいない。つまり「アウトプット量 / 時間」なのだが、 問題は究極的になんの「アウトプット」を最大化しようとしているのか? ということだ。 いまのところ、どの社会でもほぼ確実にあてはまる統計量は死体だろう。 つまり近代社会の目標というのは、単位時間あたりの死体生産量を (合法的に!) 最大にすることであるといえる。 乳児死亡率の高かった時代は無視するものとします。 もちろん新山も死体として世の中から最終的にアウトプットされる日をめざして ひたすら走りつづけておりますよ。
こんなもん書いてんだったらオレは論文書け、と。