2007年 如らぎ (1)。

Last Modified: Sat Feb 10 22:33:59 EST 2007 (02/11, 12:33 JST)

Feb 10 [Sat]


(14:10)
まるで死刑を待つ人間のようなこの気分、もううんざり。 人が落ち込む理由には 2つあるらしい。ひとつは過ぎたことで後悔している場合と、 未来の予想 (これから面倒なことがある、という理由) で落ちこんでいる場合だ。 仕事が忙しくて落ちこむのなんかはこっち側ね。ヤルコトいっぱいあんのよ。 論文書かなきゃいけないしシステム作んなきゃいけないし手術しなきゃなんない。 最悪。オレはこういう 1トンぐらいある (9.8キロパスカルぐらいある…?) 「ヤルコトプレッシャー」の長時間の重圧に慣れていないのよ。 さっさと終わらせてくれ。心配してもいいことないんだから!

今日は土曜日なのでセンタクをした。 地下のコンランドリーに行き、洗剤を入れてセンタクモノをつっこむ。 この時点で、もしこの洗濯機が故障していたらどうしよう、とふと考える。 3台ある中でこの機械だけは特別古く、液晶表示も何もない。 もしそうだったら、ほかの 2台は使用中なので、しばらくしてからまた来なければならない。 ああ、めんどくせー。しかしそんなはずはない。なんせこいつは単純なのだから。 25セント硬貨 6枚をスキマの上に並べてガッチャンと押しこむと、 それらは下に落ちて洗濯機がまわりだす。故障してなかった。当然だ。 オレは単純なキカイが好きだ。複雑なキカイは嫌いだ。複雑な人間関係はもっと嫌いだ。 今日はあったかいな。先週はやや寒くてほとんど真冬日だったし、先週の月曜日なんぞは 最で -8℃だった (最低は -13℃)。 今日はいまのところ 1℃ ある。 サムい日ばかりが続くと、氷点を超えただけでありがたいと思ってしまう。 これは真夏に 36℃ぐらいの気温がつづくと、30℃ でも涼しく感じるのと同じようなものか。 東京はあったかいらしい。NY は、これでようやく平年並というところか。 そして今日もよく晴れている。

(14:28)
Wikipedia にあってほしいけど自分では書けない項目: 文芸銃後運動

新山が想像するに、これは「人民に奉仕し、毛主席を擁護するための文学」のようなもんだと考えられる。

(15:23)
ポインタと参照について。 ポインタと参照をほぼ同じ意味で使っている人が多いのだが (たぶん Java のせいだろう)、 新山はこの 2つは区別している。 あるオブジェクト x があったとして、「x へのポインタ」はプログラミング言語上のオブジェクトである。 これに対して、「x への参照」は言語上のオブジェクトではない。 少なくとも call-by-reference などの用語で使われる「参照」の概念では、 参照をオブジェクトと考えることはできない。 たいていのプログラミング言語は、参照を直接操作することはできず、ある構文を見て 「この項 (=コード上に記されている文字列) が参照」といえるだけである:

たいていの人は、無意識のうちに参照と値を区別している。たとえば Pascal で、

a := 1
b := 2

a := b
というコードがあったとして、 最後の行を「数値 1 に 2 を代入する」と読む人はほとんどいない。 しかしこれはよく考えてみればすごいことだ。
(16:34)
ちくしょおお、まだバグってやがる。
(20:33)
あーー…;。いや、それはまた急な。

いまふいに「(汗)」のかわりの表現としてただのセミコロン;を使うことを思いついたっ。 これなら誰も気づくまい!

(21:37)
fu-, yattobagutotta.

新山はよく 辞書.iteritems() なぞのメソッドを使うんだけど、 これってハッシュをただ片っぱしから取り出してるだけで、順序が保証されてないんだよね。 ところが今回のバグはここで返される要素がある順序で現れたときのみ発生するバグだったんだけど、 デバッグ用にコードを 1行追加すると、そいつがなんらかの形で 内部のハッシュ初期値に影響を及ぼしてしまい、起こらなくなってしまうのであった。 よーするに「観測しようとすると消えてしまう不確定性バグ」だったのである。 ヤーね。一体なんなんだろう??

Feb 09 [Fri]


(12:59)
気がついたら自宅にあるこのマシンはもうじき 5歳になるんだなあ。 よくがんばってるよ…。こいつも卒業したら手放さなきゃいけないんだろうけど、 とうとう最後まで Red Hat 7.3 だった。
(13:21)
ガーソ。そういやー上のタイトルにある「2006年」を2007に直すの忘れてた。
(15:24)
やはりオレは、一度にひとつのことしかできないんだなあ。 頻繁にコンテキスト切り替えするけど。
(17:45)
Google が "miserable failure" を直したって聞いたけど、 french victory は直ってないのね (フランスはだからいいのか)。 まあ、リンクのアンカーテキストを使っている限り、 この手の現象を完全に直すのは不可能だと思う。

どーでもいいが、いつのまにか (いつもなにか) Google 日本の地図がアウトラインになっていた。 すばらしい! と、いうか、この使用料のために毎月いくら払ってんだろうね、この会社は。

(18:56)
まったく矛盾のない生活など考えられない。
(21:40)
いや、ぼかぁこう見えてもこれでけっこう上司のことを尊敬しているんで
すよ。まあ、向こうがどう思っているかはわからんケドね…。そもそもオレは必要とされな
いし。

Feb 08 [Thu]


(21:57)

ネット上のコンテンツ (コンツンテ) について。 本当にカネを払ってでも読みたいと思う人がいれば、人はカネを払うのだろう。 だってその証拠に、エロ画像配信サービスはいまだに商売になっているように見える。 ただ「人がカネをかけてでも読みたがるもの」というのは、 (エロ画像を除けば) 実はほとんどなかった、ということだろう。 いや、それは本当かな。なんか違うような気がする。 オレならネット上のものに金を出すくらいなら本を買うけど。

きょうの結論: Semantic Web を流行らせるにはエロをやる必要がある。 (ぜんぜん上と関係ない結論ですが、なんかここに書いておきたかったんで)

どうでもいいが (どうでもよろ)、捏造と誇張の境い目について。 毎度のことだが、捏造でつかまったり叱られたりした人は気の毒だよなあ、と思う。 そりゃ捏造は悪いのだが、彼らはただ人から期待されたとおりのウソをついていただけで、 ある意味では真面目に仕事してたわけじゃん。そして彼らの最終的な依頼者は テレビ局でもスポンサーでもなくて、消費する側、つまり視聴者なわけじゃん。 連中にしてみりゃ、期待どおりにやってたのに叩かれて、人間不信になっちゃうだろうね。

しかし、完全な捏造でなくてもひどい誇張や偏見というのは、どこでもありうる。 たとえば紅白でハダカに見える演出した連中だって、ほとんど精神構造はほかのマスコミと一緒でしょ。 ほかにも「10秒ぐらい考えれば本当のことがわかるが、なんとなく聞いてると誤解するような言い回し」ってのは どこでもやってそう。もっと微妙な例としては、きょう発見した 「NHK子会社の社員がわいせつで逮捕」というニュース。 どこの新聞を見ても必ず「NHK子会社」「NHK関連会社」っていってるが、 これ NHK の名前を出す必要ゼンゼンないじゃん。逮捕されたのが「東京MXテレビ社員」だったら たぶんわざわざ社名を出して報道しなかっただろうし、 「電通社員」だったらもっと別の意味で報道されないだろうけど (宮内庁の職員だったらどうなのかな? 微妙だ… 赤旗なら電通でも宮内庁でも報道するだろうケド)、 こういう見出しを見て、 「おっ、NHK だ」と思ってウキウキしながら見る人というのは、ある程度の割合 (つまり、人数としては相当) いるのだろう。 そういう人間が「捏造はけしからん」といったところで、まったく説得力ない。 そもそもどこで線を引くんだ、センセーショナルな報道が好きなのは自分だろうに。 で、新山の場合はその線引きがもっとずっと手前のところで 起こっているので、結局のところ (ケッキョキ) そういうマスメディアは 最初からいっさい見ない、という結論になる。(でも、ちょっとは見てるけどね…)

しかし、これがネットになるといくぶんマシになるかというと、そんなことはぜんぜんないだろう。 ネット上ではテレビや新聞よりも人気コンテンツを持ち上げるのがはるかに簡単で、 しかも自動的にできるので、ある意味、テレビなんかよりはるかにタチが悪くなりそう。 将来のネット社会では、自分の好みと偏見が助長されるような コンテンツばかり提供されるようになるのだろう。すでに delicious や ○○○ブックマークではそういう傾向があるものと推測される。 彼らはテレビに騙される人のことをとやかく言えないよね…。 当然、新山はどっちも使ってないので、いくらでも言えますケド。ばーかばーか。

(23:56)
塩分が
多すぎる (過去形))。
(03:53)
ポリシーとメカニズムの分離ってやつだよ。

Feb 07 [Wed]


(14:37)
いっただっきーま。s

(訳注) 言いがかりをつけてくる人のことを言いがかリャーという。ナギャーー!!

(16:48)
チクショー、NFS アクセスが集中して I/O Error が出やがるるる。 いちばん速いマシンに NFS サーバをやらせているのだが、なぜかダメなのだ。 -o soft,intr でマウントしているからね。 通常はこれでオッケーだが、soft は負荷がかかると勝手にタイムアウトしちまうのだ。 しかしオプションをいきなり変えてもみんな怒るだろうから (気づかないか…?)、 それはできない。困ってのう。 てゆうか、オレはあの hard のときにでる "nfs server fungaaa not responding" というメッセージが嫌いなのよ。 あれが出ると 3秒間は寿命が停止するね。
(20:27)
オレが怖がってないとでも思うのか? とてもこわい。死ぬかも。死なないかも。漬物食いたいかも。 死ぬ前にせめて漬物だよな。というかどうせ死ぬならタタミの上で…っていっても、 ここタタミないじゃんか!! ゴザ? ゴザ、ならこないだ売ってたよ。Broadway Futon Shop とかいうところで。 しかしヘボかった。腐りかけてた。ハテなぜオレはこうも饒舌なのだりま賞か??
(00:51)
やっぱり、時間的なヤバさと医学的な (?) ヤバさが両方おしてるからこうも落ちこむんだろうな。 悪い時におきたよ、ほんとうに。2月にスキーもう一度行きたかったのにこれじゃダメじゃねーーか!! くそったれ。 もっとも、そんなことやってる暇はゼンゼンないのだが。(3月には論文を仕上げなければならない)

客観的に見ると、こんなのはちっとも大したことではないという気がする。 しかしどうも客観的に見れてないというのは、なんでかね、こりゃ。 なにをオレはそんなに心配しているんだ…? いつから自分はそんなに偉くなったのか。 しょせん「オレの人生ひまつぶし」って感覚はどこいった! こういうときに人は自分よりもっとひどい境遇にある人をみて有機づけられるのだろう。

だが、そんな時代はもう終わった。 主観的人生ばんざい。

Feb 06 [Tue]


(15:27)
Jim Gray の捜索ってまだやってんの? と、いうとフザけているように聞こえるけど、こういう場合、 人はどの時点でご冥福をお祈りし始めればよいのだろうか。
(16:01)
いやーぁ。それにしても、昔は新山にとっては だったのだが、最近の若い人と話すと というぐあいで、世代間のギャップを感じるなあ。
(19:06)
そーいえば、いつもなにか (itsunomanika → itsumonanika) download.fedoralegacy.org が閉じていた。 そもそも Fedoralegacy 自身がもう (文字どおり) 終わってるし、どうしようかなあ。 外に向けて開いているサービスは ssh (自前 rpm) しかないので、 べつにこのまま放っておいてもいいと思うんだけど。 いまさら CentOS とかインストールしても時間の無駄って気がるす
(23:23)
海外コンプレックスもあそこまで行きゃたいしたもんだ。 (そういう人は結構たくさんいるけれど)

英文がほとんど苦にならなくなった今になっても、 やはり英語はこの業界でやっていくには重要だと思う。 なんしろ英語で一次情報に当たれるのと翻訳を読むのでは情報の質・量ともに全然違うから。 新山はあいかわらず読むのは (日本語より) 圧倒的に遅いし、 会話も得意でないが、「なんでも英語で見る」というクセがついてしまったために (たとえば google で検索して日本語と英語のページが出てきたら、たいてい新山は英語のほうを読む、 こっちのほうが質がいいことが多い)、躊躇がなくなった。 はっきりいって、英会話や TOEFL ではこういうことは鍛えられないと思う (たとえば H嬢は GRE verbal の点数は新山の倍近くあったらしいが、 いまの英文を見ると明らかに…アレだ…)。

Feb 05 [Mon]


(12:09)
某社から W-2 がきた。3ヵ月の所得税だけで $5000 も引かれてる。

どうでもいいのだga (どうでもよろ)、 さいきんマうスを新しく買うべきかどうか迷っている。 新山はほとんどマうスを使わないのだが、たまに使うとすぐにローラーにゴミがたまるのだ (いまだに古い機械式なので)。こないだいーかげん頭にきて、分解してネジを完全にはずしてしまった。 だからこのマウスは今は「上ブタを持ち上げるとパカっと開く」ようになってる。 こうすると掃除するのは簡単なのだが (フタを開けてからボールをとりだして、ローラーを直接ふけばよい)、 あいかわらずしょっちゅうホコリがたまるので (部屋がホコっているせいもあると思う、 こっちはみんな土足なのでホコリがたまりやすいのかもしれない)、もういーかげん光学式のマウスがほしーなー と思う。それでもマウスはほとんど使わないので敗北だ。いっそ、まったくマウスのいらない生活になれば それはそれでいいのだが。

<p
どうでもいいのだga (どうでもよろ)。

(19:10)
3週間か…。

Feb 03 [Sat]


(12:36)
そりゃまた「よのなか的」だね。
(02:22)
いないよ。

Feb 02 [Fri]


(05:50)
頭は疲れているのに、どういうわけだか眠れない。まだ一睡もできていない。オレは病気か? (というより、日頃の寝坊がいいかげん蓄積しすぎたような気がする) もう起きちゃおうか。

昨日、セキネさんと議論になったことを書いておく。 この人と話すといつも激しい議論の応酬になってしまうのだが、 最終的に意見の相違がどこにあるかをつきつめていったら、こうなった。 ようするに、自然言語処理に対するセキネさんの立場は、極端にいえば次のようなものである:

  1. 自然言語処理は工学である。
  2. 工学とはすなわちノウハウのかたまりである。
  3. だから我々は最終的に「売れる」ものだけ作って (そのノウハウを発見して) りゃいいんだ。

新山はこれには反対だ。とりわけ 2. に反対。少なくともノウハウは工「学」ではない。 学問を名のるからには、単なるノウハウの集合をこえたものがなければいけないと思う。 研究をやっているときに、専門的な細部にとことんまでこだわるのは一向にかまわない。 しかし、ミクロな方面を追求する一方で、同時に研究者というのはそこから より一般化された「世界観」のようなものを得ようとしなければならない、と思う。 ようするに、ひたすら自然言語を追っているうちに、 最終的には自然言語から世界を語れなければいけないのだ。 細かい部分の探求と、より広範囲な理論の演繹は一緒に起こるはずなのである。 Ph.D が (たとえ工学をやっていても) “哲学博士”なのは、最終的にはやはり自分の研究分野から 自分なりの「思想」を見つけなければならないからだと新山は信じている。 思想を持たない研究者というのは研究者とは呼べない。

もちろんこれは理想論であり、古くさい教養主義かもしれない。 でも、これはどの学問にもあてはまると思う。学問だけじゃなく、じつは何をやるにしてもそうだ。 あるひとつのことを追求していったら哲学のようなものが生まれなければおかしい。 職人は自分のつくっているモノを通じて世界を認識しているだろうし、 キャバクラで働いてるねーちゃんは接客を通じて独自の世界観を構築しているはずである。 ただし彼らにとって「書かれたもの」による議論はべつに重要ではないので、 わざわざ論文を書いたり学会で議論したりする必要がないだけだ。 ほとんどの職業は、ただスタイルが違うだけで、最終的にやっていることは同じだ。

では、なぜ思想の構築が重要か? というと、それは価値判断のためだと思う。 そもそも簡単に「売れる」とか「役に立つ」という言葉を使うが、 実際のところ何が本当に「役に立つ」ものなのかを見きわめるのは簡単ではない。 他の人がそういってるから、というのは理由としては弱すぎる (ただし、この弱すぎる理由に 必死にしがみついている哀れな人も多勢いることは確かなんだけど)。やはり自分の考えを持たなければ、 自分のやっていることは正当化できない。と同時に、研究者…をふくむすべての職業人は、 自分の仕事をすることで自分を表現し、ある意味、自分の思想を「社会に問わ」なければいけない。 そして、別の思想をもった他人と衝突しなければいけないと思う。 これは結局のところ (ケッキョキ)、社会の意思決定プロセスに間接的に参加していることになる。 そしてこれは成人した人間の義務…というか、人間は嫌でもそれを永久にやっていくしかないんだよ。永久にね。 これはべつに政治運動に参加しろということじゃない。あくまで「意識」の問題だ。 だから一日中コードとにらめっこしていても、そういった意識があればそれは「社会的な行為」と言える。 総体的な「知識のリポジトリ」に関与しているという意識が学問と呼ばれるんじゃないだろうか。

しかしこうした自覚がまったくない「研究者」はすでに沢山見てきており、 実のところオレは彼らを研究者などとは思っていない。そういう連中にとっては「知識のリポジトリ」とは、 「すなわち web」ということになってしまっている。なんてウスっぺらいんだ…。 まあ、他人を変えるのは不可能だからどうしようもないがね。

(06:40)
やっぱり、オレって疲れているみたい。

Feb 01 [Thu]


(10:55)
またか!
e
(12:43)
人間が選択できるのは現実だけ。
(13:48)
人間を選択できるのは現実だけ。
(13:51)
「統計的」な自然言語処理の大いなる誤謬と限界というのは、とうぜんながら、 言語処理を単なる表層的なパターン認識の問題として扱っていることにある。 だからこれがせいぜい音声認識程度のタスクにしか使えないのはもっともなことだ。 ゲロッパ!
(13:55)
問題。つぎのような関数 lookup がある。 これは与えられたキー x に対して、getit1, getit2, getit3 の 各関数を試し、その結果を加工したものを返す。もしすべての関数が失敗したら例外を出す。
def lookup(x):
  a = getit1(x)
  if not a:
    a = getit2(x)
    if not a:
      a = getit3(x)
      if not a: raise KeyError(x)
  b = func(a)
  return b
でも、どうもこういうロジックの書き方は好きじゃないんだよな。 実際には getit1, getit2, getit3 の部分は もっと長いので、みにくいのだ。 できればこうしたい (以下妄想):
def lookup(x):
  a = getit1(x)
  if a: goto FOUND
  a = getit2(x)
  if a: goto FOUND
  a = getit3(x)
  if a: goto FOUND
  raise KeyError(x)
FOUND:
  b = func(a)
  return b
しかし Python には goto がないので、こうするのはどうか:
def lookup(x):
  def find1():
    a = getit1(x)
    if a: return a
    a = getit2(x)
    if a: return a
    a = getit3(x)
    if a: return a
    raise KeyError(x)
  b = func(find1())
  return b

あるいは while を使ってみたりして:

def lookup(x):
  while 1:
    a = getit1(x)
    if a: break
    a = getit2(x)
    if a: break
    a = getit3(x)
    if a: break
    raise KeyError(x)
  b = func(a)
  return b

うーーん。どうだろう?

try: 〜 except: で値を渡すというのがある。昔やった。(でも今はキタナイからやめた。)

class GotValue(Exception): pass
def lookup(x):
  try:
    a = getit1(x)
    if a: raise GotValue(a)
    a = getit2(x)
    if a: raise GotValue(a)
    a = getit3(x)
    if a: raise GotValue(a)
    raise KeyError(x)
  except GotValue, a:
    b = func(a)
  return b

goto 好きの Knuth もいっているように、 「抜け出し文」としての goto は実はそんなに悪くないのである。 どうでもよろ。

(15:30)
nerd == 思想を持たない geek のこと。
(15:38)
いいアイデアを出すにはとにかく時間が必要だ。 たとえ 30時間ぶっつづけで考えたとしても、 1日1分ぐらい考えて 5年間で出てきたアイデアには勝てない。 場合によるけど。
(16:23)
そういえばきのう Jimmy Wales がいっていたことでひとつ書き忘れたこと: wikipedia のホスティング料 (帯域量含む) は現在 $25,000ドル/月。
(20:53)
オレの大きな欠点のひとつは、救われない人々 (の集団) からは ただひたすら逃げることしかできないとゆうことだ。まあ、攻撃するよりゃ平和的かもしれないが、 ホントーにただ逃げてるだけだからな。彼らはおそろしい。
(00:15)
ストリーミングとスクリーミングは似ている。
それはどちらも太古の昔から受け継がれてきたものだ。
(01:07)
かなり笑えたニュース。電池駆動のネオンサインをボストンの 街のあちこちに設置したアーティストがきょう逮捕された。 ところが実はこれは ATHF のキャンペーンの一環で「Mooninites」だった。 その製作の様子はここで公開されている。 これを爆弾だと思いこんだボストン警察が昨日、爆弾回収班を出して市民は大パニック。 ところが若い人間はみんなこれが Mooninites だと知っていて、テレビではアナウンサーが 「これは Mooninites…というキャラクターだそうです…」としどろもどろになっている。 とくにこのインタビューで、 おっさんが「ジェネレーションギャップを感じます」といってるところに若いねーちゃんが インタビューで出てきて「残念な事件でしたね、でも、みんな知ってましたよ? うちの店にもあったんで、警察の人にも見せたんですよ。でも何だかわかってないらしくて、 とくに電池が入ってるもんで、これは爆弾に違いないということになって、 そのあと刑事さんやら爆弾班がみんなきて、it's all very exciting!」というところは爆笑。 同様のキャンペーンはシカゴや NY でもやっていたらしいが、とくに問題なかった模様。

まあ、ATHF を知らない人には何だかわかんないだろうけど、 Mooninites の人を喰ったキャラクターを考えるとこれはとにかくオカシイのよ。

youtube のコメントで誰かが言っていたように、 この程度のことで恐怖のあまりパニックになるようでは、 すでにテロリストの勝ちだという話。そうかもね。


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Yusuke Shinyama