おしらっせ:
このサイトは 8月中旬をもって閉鎖いたします。
数ヶ月したらまたどこかで再開するかもしれませんが、いまのところ未定は予定です。
ま、そゆこと。
それにしても、今年の夏は過ごしやすくて助かる。タスカル
私は Wikipedia が嫌いだ。ピーナッツと同じくらいにね。でもピーナッツを食べるのが、やめられない。
(I hate Wikipedia. I hate it as much as I hate peanuts. But I can't stop eating peanuts.)-- オーソン・ウェルズ
(一部改変は新山)
さて、"Wikipedia" の部分はもともとは何だったでしょう?
robots.txt
でクロールを全面禁止したのは
閉鎖を宣言したあとであって、それまでは実は wget でもなんでも許可していたんですよ。
といっても、あんまり激しいやつはブロックしていたが、べつにポリシーがあったわけではなく、
たんに物理的に迷惑なものを (yahoo だろうが google だろうが、
とにかく短時間にアホみたいにアクセスしてきた IP に対して) 公平にブロックしていた。
しかし今回なんで Disallow: /
したかといえば、dos が嫌というのもあるが、
それよりも単に
「web から消える自由」というものを行使してみたかったダケのことである。
べつに新山本人はちっとも見られることが嫌なワケではないのだ。
もっとも閉鎖自体にはれっきとした理由があるが、それをここに書く必要はない。
なぜなら、オレの勝手じゃん。
知らなくて驚くかもしれないけど、たべすぎ・ねっとは公共サービスではありませんよ。
ネットで人気者にならなきゃいけないという強迫観念にさらされている人ならともなく、
新山個人にはこういうワガママが許されているのだ。だからオレは有給だって取るし、
キライな先生の講義はサボるし、たまにゃーサイトの 1コや 2コ閉鎖しちゃるぞ!
でも、重要なのはこの「ワガママをする」という部分で、本当にサイトがこの世から消えることはたいして重要ではない。
ただし、オレは他人の意志を尊重しないヤツを激しく憎む。
自分が理解されないことに対しては覚悟できているが、理解されないのは新山が悪い (そういってしまえば)。
でも他人のワガママを認めないやつがいたとしたら、それは断固としてそいつが悪い。
Disallow
を無視するというのは、(そいつらが自分で気づいているかどうかは知らないが)
「個人の、ネット上での意志 (あるいは自由) なんか無視するよ」という明確なスタンスの表明ということになる。
あんた何様よ。こういう人々は「情報はなんでも後悔公開すべき」とかいってたりするのだろうか。
これは法律の問題というよりも常識の問題である (これまた「常識」というのが何か、かなり曖昧なのだけど)。
べつに個人の意志を無視しても法的に問題ないケースというのはいくらもあるだろうけど、
そういうことを平気でする人というのは実社会でも他人を尊重しているとは思えないし、
そんな連中とはとうてい個人的な信頼関係を築けそうにない。だって最初から
「世の中の人々はオレに同情してくれるだろう」と仮定しているわけでしょ。そうした連中は
2ch (あるいはそれに類するところ) でみんなと一緒になって「いじめ」に加担したりしてそうだ。
ちなみに、新山はそうした人々が世の中 (ネットおよび現実社会のどちらも) を
全体主義化させていくと思っているので、なるべく抵抗するつもり。
といっても、新山の抵抗というのは今のところ「アクセスをブロックする」だけで、
かなりへっぽこ & 非暴力不服従的なモノだと思いますけど…。ぼかあ平和的な人間ですからね。
もちろん、世が世ならこんなことをいっていたらまず治安維持法で逮捕されるだろう。そういう意味では 新山の意見はしょせん「平和な世の中」というものに依存しているのであって、 いい時代に生まれてきたと思う。ほんとに。でも同時にこうした状態は、 不断の (しかもほとんどの場合、胸クソ悪くなる) 努力をしなければ保持できないもので、 さもないとすぐ 911後の米国みたいな状態になってしまうことも最近ようやく理解できてきた。 しかしネット上のアクセス制御なんて、現実世界でのアクセス制御の大変さに比べたら ほとんど無に等しいようなもんだよね。
でも、ちゃんと「数ヶ月したらどこかで再開するかもしれない」って書いてあるんですケド…、 そこはなんか都合よく無視されてるみたい。結局のところ、人は見たいところだけを見る。
21世紀COEプログラム 世界の持続的発展を支える革新的原子力 (16'41'') ・概要 (1'27'') ・革新的原子力研究 (2'18'') ・キャプテンシップ教育コース (6'53'') ・原子力と社会の関わり研究 (6'03'') このDVDについて このDVDはCOE-INESの研究と教育に関する活動の紹介 を目的として制作されています。 このDVDは広報活動の目的のみに使用される非売品で す。COE-INESの許可なく複製したり部分的に使用する ことを禁じます。 このDVDおよびその内容の使用によりいかなる損害が 生じてもCOE-INESもしくは東京工業大学は責任を負い かねます。 DVDは映像と音声を高密度に記録したディスクです。 DVDビデオ対応のプレーヤーで再生してください。 Copyright: COE-INES, 東京工業大学 2006 (DVD VIDEO)
アアーーもうアラムーがうるせーーー − .zz
ふと思うのだが、世の中は楽しくなるはずのことが、 なぜかじぇんじぇん (ちっとも) 楽しくならない、ということが多々ある。 たとえば以下の例をあげる:
-
そういえば テレモ日本 ってまだあったんだね。
でも、そのうちなくなっちゃうんだね。考えてみればこれは新山が生まれてはじめて自由にいじることができた
音声・画像以外のデータ通信放送であった (キャプテンは電話局でしかいじれなかったので、新山はまったく知らなかった)。
いまは何でもネットだ
からなあ。
それにしべも。もうすぐこのサイトに書けなくなるっつうに、 オレにはまだ書く予定のことがたくさんある。雑誌論文なんか書いてる場合ではない:
/sbin/init
と一神教の類似性について。 (いつになったらやるんだ、一体)
新山も、この半年のあいだにほとほど体力的・精神的ともに消耗してしまった。 まあ、でも、この 5年間のあいだにひとつ新山が達成したと思うことは、 「(発表物における) 自分のレイアウトスタイルを確立した」ということである。 ようするに web ページでも、発表スライドでも、かならず左上にタイトルがあり、 その下に紺色の線が一本通っている。で、発表スライドの場合は左下に NYU アイコンがあって、 それ以外の装飾品はなし。このスタイルをこれまで 5年間守り続けてきた。そんだけ。 いやあこれって結構大変なんっすよ…。多くの人が自分の発表スタイルというものに 確信を持ててないが、新山は、とくに技術的なプレゼンに関しては、 自分の中でなにかしらつかんだものがあったと思う。まあ、こんなもんは実世界 (=大学の外) では何の役にも立たないが。
それにしても 2001年からこの 6年間のあいだに学んだことは、 自分があんがいヤワな人間だったということである。 もうちょいタフなんじゃないかと思っていたのになあ (もっとも、肉体的には新山は吹けば飛ぶような身体をしておりますが、 そのわりには無謀なことをするというギャップが自分で気に入ってる)。 いまはさっさと逃げ帰りたい。まるで敗北者の気分だよ。まあいいか。 そしてもうひとつの学習は「いやー、日本っていい国だ」ということである。 もちろんあそこにはしょうもないことも沢山あるし死んでも口をききたくないような人間も沢山いるが、 それでも最終的にあそこに帰れるというのは 幸せなことだと思う。そういえば、何人かの知り合いから「日本人って、 米国にしばらく住んでもたいていそのあと日本に帰るよね」と言われた。 まあそうかも。でも日本を出る前は、必ずしもそういうつもりじゃなかったんですよ…。 実際、学術研究をするなら今でも日本の環境はお話にならないほどひどいし、 学生もヘボい (あくまで計算機関連の話、東工大とこっちの大学を比べたうえでの印象)。 しかしまあ、そんなこたぁオレの人生においては大したことではないんだ…。 日本を出ないと日本のよさがわからないというのは皮肉な話である。 しかしそれでも最終的にわかった (ような気がする) だけまだマシだ、 中国人なんか中国を出たって中国がいいとは思えないらしいんだから。
南米とか旧ソ連とかからの出身者も、たいてい米国に残りたがる。 彼らの環境はそれほどにひどいのだろう。でもオレは南米いいと思うんだけどなあ。 このあいだ南米に旅行したとき、ある田舎のツアーガイドと車の中で 2時間ぐらい話したんだけど (みょうに気が合って語り合ってしまった)、彼は自分の土地をほんとうに気に入っていて、 新山がいまニューヨークに住んでいる、ということを話すと、 彼はニューヨークみたいな所には興味ないなあ、というわけ。 それより日本を案内してくれよ、と言われた。それぞれの人が「その土地」に 誇りというか愛着をもたなければ、人生はほんとに哀しい、と彼はいう。そのとおり。 もっとも、南米でも貧困がほんとにひどいところは違うのかもしれないが、 とりあえず「そこそこ」の場所だらばそれでいいのだと思う。 しかし世の中には無意味に「上を目指す」人々がいて、彼らは つまるところ権力指向だ。でも新山のまわりにはそういう連中が多くて (まあ、大学院ってのはもともとそういうのが多いだけカモしれないが)、 彼らは就職するなら IBM/Google/Microsoft あたりじゃないと気がすまないし、 大学に残るならすこしでも「点数が高い」論文・発表をやりたがる。 そういうのもこの環境にとどまるのがイヤな理由のひとつだ。 わかりませんねえ、そういうのって。ほんとに。 べつに新山はエリートな方々が何がなんでも嫌いというわけではないのだけど、 こういう「上を目指す」優等生な方々のほとんどは、その奥になんらかの脆弱性をかかえているように見える。 それがキライだ。なぜキライなのだろう? たぶん、自分もかつて (高校生ぐらいのときに) そうだったからかもしれない。しかし、高校生から 10年たっても まだ少しもそういう思想から脱却していない人も世の中にはたーくさんいるらしい。 コイツらはまだ他人に肯定してもらいたがっているのかと、そりゃないだろと思うのな。 お前らムーミンを読め、と。まあこれが効くって人は少ないとは思うけど。
新山がどういう経緯でこういうある意味凝り固まった考え方になったのか
よく覚えてない。本もあると思うけど、ニンゲンからの影響もかなりあると思う。
人生においては、まさに絶妙なタイミングで絶妙な人や本に出会うってことはあるのである。
ある人や本からの影響が、なにかそいつの考え方を微妙に、しかし確実に変えてしまうというようなことが。
まったく、世の中ってやつはおかしなもんだ。
もしも世の中が UNIX だとしたら、ヒトの一生はある短い時間に作られては消滅する pipe(2)
のようなもんである。
そうして、たぶんつぎはオレの番だ。
おや、そろそろ暑くなってキタ。
ムーミン 「なんでそんなにめかしこんでるの?」
スノーク嬢 「デートに誘われたの、ダンスパーティよ」
ムーミン 「ふん! どうせ青二才の事務員だろ、真ん中分けの髪に口ひげ、それにあごなしってとこだな」 (←図星)
スノーク嬢 「じゃあ聞くけど、あなたのあごはどうなのよ?」
ムーミン 「(赤面)」
たしかにそういえばムーミンも (そしてスノーク嬢も) カバみたいな面なのでアゴはない。 でも、なんだってコイツらはそんなにもアゴにこだわるんだ? それとも、もしかして「アゴ」はなにかの隠語? アゴを見ればそいつの○○がわかるとか?
…というようのことを、ある人からのメールを機に考えた。
何年もむかし、どこぞの馬の骨の人からこのページをリンクされたとき つくづくそう思った。ある種の人々は、相手のページにリンクするだけでそいつに罪悪感や義務感を 植えつけられるとでも思っているかのようだ。お気楽な世界観である。 世の中の多くの web サイト管理者は 「自分のサイトが (そして願わくば、自分の名前が) なるべく多くの人の目にふれますように」とか 願っているのかもしれないが、オレはそんなんどーでもいい。 誰にでも見れるようになっているのは単に禁止する理由がないからで、 ただ単にアクセスしやすいという理由で http を使っている人間もいるというのに。
たぶん新山はネットの客観性というものをまったく信用していないのだ (wikipedia も含む)。 よくどこかのブログロ (あるいは掲示板) で「よかれと思って」何かをしたり、 「客観的に議論」しようなどといってる人々は、結局のところ自分の観点の安全性 (=人気) に 依存しているダケのように見える。その昔、ネット上での議論が客観的に見えたことがあったとしたら、 それは単に人が少なかったせいだ。いまのところ新山が合意できるプロトコルは、 実世界に即したものだけだし、結局のところ最終的に人々が合意できるのもそこだと思う。 その実世界でだって、客観的な議論なんか普通ほとんどできないのに!
本日のニューヨオク写真:
今日はあまりにも涼しい、っていうか寒かったので、勝手にデイオフを取る (ヘンな日本語だ、take a day off って言いたかったのね) ことにした。 まずマンハッタンの上のほうへいって、それから下のほうへいった。 そういえば今日はかねてから目をつけていた Pakistan Tea House へ行く。 ここは Church st. の下のほうにある食堂で、オバちゃんとオジちゃんが切り盛りしており、 なぜか朝 4時までやっている不思議な店。昼時はすんげ〜混んでるのでなかなか行く機会がなかった。 客層はいかにも労働者層な白人と、インド・中東系の人々ばかり。 量は一見たいしたことねえと思ったが、実際に食ってみるとかなりこたえた。 じつは WTC 駅周辺にはインド料理屋がわりと多い。でも 6st. にあるような 観光客向けではなくて "Free Delivery" と書いてある程度の店がほとんど。"Shinjuku Sushi" という店もあるが ほんとうに日本人がやってるかどうかは不明。たぶんちがうだろう。 だいたいなんで新宿なんだよ? 「新宿寿司」なんて言われても、全然ウマそうに感じない。 ツインタワー巻きとかあるのですか?
てくるで (ところで、) 今日は Donnell 図書館へ寄ったのだるが、 MoMA の前に empanadas を売っている屋台があった。まさか屋台で売っているとは。 ところで (てくるで、) 今日読んだ「盗みも人殺しも平気でする人々」とかいう犯罪心理学の一般書 (日本語タイトルうろおぼえ) のなかで、印象に残った一文をメモしておく:
犯罪者と向きあう人間にとって職業上もっとも危険なのは、 犯罪者から身体的攻撃を加えられることではない。 それよりも、熱意や献身や関心がまたたくまに燃えつきて、 無力感を覚えることのほうがずっと深刻である。 犯罪者矯正にたずさわる人々に向かって「無力感」という言葉を投げかけてみれば、 彼らは真顔でうなずくだろう。
nytimes はキムちゃんのことは "Kim Jong-Il" って姓・名の順で呼んでるのに、 なんで日本人の名前は「Shinzo Abe」とか名・姓の順なんだろうね? 日本はアメリカのペットだからいいのかな。
$ ls -l total 8 lrwxrwxrwx 1 yusuke proteus 11 May 29 22:30 Mail@ drwxr-xr-x 6 yusuke proteus 1816 Jul 16 18:35 bin/ drwx------ 3 yusuke proteus 952 May 3 23:41 rc/ drwxr-xr-x 9 yusuke proteus 576 Aug 9 13:03 tmp/ drwxr-xr-x 7 yusuke proteus 200 Jun 6 2006 work/ $ LANG=en_US.UTF-8 ls -l total 8 drwxr-xr-x 6 yusuke proteus 1816 2007-07-16 18:35 bin/ lrwxrwxrwx 1 yusuke proteus 11 2007-05-29 22:30 Mail@ drwx------ 3 yusuke proteus 952 2007-05-03 23:41 rc/ drwxr-xr-x 9 yusuke proteus 576 2007-08-09 13:03 tmp/ drwxr-xr-x 7 yusuke proteus 200 2006-06-06 07:58 work/
こうなる。なんだこれわ! 日付表示は locale が utf-8 のほうがイイじゃないか。 しかし古い RedHat とか FreeBSD ではこうならない。 それに、オレはやっぱり大文字・小文字を区別してソートしてくれるほうがいいんだけどな。
しかしロカールまわりはとにかくダメある。
新山は言葉使いのおかしいの日本語が表示されるのが許せないあるので、ふつう LANG
はセットしていない。
セットしたとしても LANG=C
か LANG=POSIX
である。
マトモな日本語をマトモな文法で表示しろよ!
でもこれは外人が日本語をわかってないから悪いんではなくて、
基本的な部分を外人に頼りっきりな日本人が悪い。
…こうやっていろんな資料を分類していくと、ケッキョキのことろ、 手元に残しておきたいものはほとんどない。とくに言語処理関連のものが ゼンゼン残らんのはどうゆうわけだ? Freedman, Pisani, Purves の統計本とか、 Cormen, Rivest のアルゴリ本とか、情報理論の本とか、そういう基礎的な教科書は 残しておきたいのだけど、専門分野の本になると内容がウスっぺらいのばっかり。 サイコロ本とか、こんなん A4 10枚でまとめろよ、って感じ。 こういった本では、ほとんどの内容はアルゴリズムや統計の教科書をみれば基礎の 基礎でしかないことがわざとわかりにくく書かれている。 そのくせ小手先のテクニックばかり載っていて、本質的なことは書かれていない。 そりゃとうぜんだ、なぜなら自然言語処理に本質などまるでないのだから! いまとなってみると非常に自分がムダな投資をしたことに後悔しきりである。
どろっぐ
なにか原理があるはずだ。原則があるはずだ。 人間はそのすべてを完全に把握するほどにはかしこくないかもしれないが、 それでも不完全な法則と、その適用範囲を発見できるはずだ。…
こうした態度をもって、はじめて人は「科学的」になることができる。
(マシン1) $ echo $BASH_VERSION 2.05a.0(1)-release $ echo -e "\134" "\\" \ \ (マシン2) $ echo $BASH_VERSION 3.1.0(1)-release $ echo -e "\134" "\\" \ \ (マシン3) $ echo $BASH_VERSION 3.2.13(1)-release $ echo -e "\134" "\\" \134 \
クソっったれ。
まったくこう涼しけちゃアメリカんが調子に乗るじゃないか!! (京都議定書的に)
セキネさんに貸していた「プログラミングの心理学」が返ってきたので、 あらためて読み直してみたが、ほんとうにおもしろい。彼もそれなりに面白がっていたようだが、 新山にとってはニヤニヤしちゃう箇所がいくつもある。 そのうちのひとつを長いけど引用してみよう:
ハロルド・M の話をとりあげよう。彼は優秀なプログラマであったが、 気がついてみたらリーダーに任命され、コンパイラをある期限までに作るという約束をさせられていた。 ところが、上層部が今になって、納期は変えずに機能を拡張せよと言ってきた。 ハロルドはこのことについてチームの部下と議論したが、納期を三ヶ月延長しないと無理だ、という結論になった。 しかし上司にこの結論を報告すると、ハロルドの上司はそれをつっぱねた。 彼はなおもそれを断固として主張したため、ついに上司はハロルドと、彼自身と、上司の上司とを呼んで 三者からなる会議を設定した。ハロルドはこの人員構成を見て、これはおれを「蒸し焼き」にしようというんだな、 と気がついた。この会議はうまいぐあいに非公開になっていて、彼に雰囲気の重大さを感じ取らせるように仕組まれていた。 だが彼はこういう状況をもう散々経験してきたし、自分自身とチームの出した結論に 自信を持っていたので、会議はしばらく続き、ハロルドが突き出される剣をひょいひょいとよけるたびに 議論はますます熱を帯びてきて、ついには致命的な段階に到達した。「ハロルド君、」 彼の上司はもったいぶって口を切った。「君は我々に非協力的だね。 管理職になるためには、協力と妥協を覚えなきゃいけないよ。君は管理職になるのに必要な資質を身につけていないんだ」 ハロルドは言葉の裏にあるものを感じとり、それを すっかり明るみに引っぱり出した。「おっしゃるとおりかもしれません。 この仕事は誰かほかの人物にさせるようになさったらどうですか。誰か協力の仕方を知っている人に、です」 すると上司の上司はハロルドを強く押しすぎたと見て、今度は振り子を反対側に押そうとした。 「だがハロルド君、ほかに誰もおらんのだよ。我々は君を頼りにしているんだ」 すると彼は尋いた。「もしその仕事ができるのが私だけなら、なぜ私を信用してくださらないんですか、 現在の期限ではできないと申し上げているのです」 すると彼の上司が言った。「それは君が問題を本当には理解してないからだよ」 …さて、ハロルドはこの暗礁に乗りあげた会議から立ち去ろうとして、言った。 「さあ、それではどちらかに決めてください。もし私がそれを理解している唯一の人間なら、 私はそれを本当に理解している唯一の人間なんです。ですから私のいうように させていただかないと困ります。もしそうでないなら、代わりは簡単に見つかるはずです。 これはお二人の問題であって、私の問題ではありません。では仕事に戻らせていただきます」
ハロルドは、クビになっただろうか? 結局、そうはならなかった。だがそれは別に大したことではない、 なぜなら彼は少なくとも今と同程度にはいい職を見つけられるとわかっているのだから…。 もしこの職が彼にとってあまりにも重要だったら、彼にはこんな離れ業はできなかっただろう。 リーダーシップのパラドックスのひとつは、こうだ。『クビを覚悟のリーダーだけが、成功への真のチャンスを握っている』
-- プログラミングの心理学・第5章
もういっこ。これまた爆笑なエピソードだが、いろいろと考えさせられる。
あるプロジェクトでは、6つのサブシステムをまとめた巨大システムを開発していた。 統合テスト開始前の最後の打ち合わせをするために、6人のチームリーダーと監督が集まり、 進捗状況の報告をおこなった。このテストでは 8人の要員を派遣し、その費用を負担する必要があったが、 各チームリーダーは全員、すべてはスケジュールどおりであり、来週からテスト部隊をホテルに 送りこむよう手配してよろしい、という結論に同意した。会議の最後で、監督はこういった。 「念のためもう一度確認しますが、分担した箇所が今週中に終わらない可能性のある人はいますか?」返事はなかったが、彼はたっぷり一分間待った。するとチームリーダーの一人がかすかに、まるで 気づかれたくないかのように手を動かした。彼はそれを見逃さなかった。 「ジョージ、なにか問題があるのかい?」
するとジョージはばつが悪そうに言った。「ほんのちょっとですが…」
「ほんのちょっとって?」
「ちょっとだけ遅れているんです」
「どれくらい?」
「ひょっとすると… 6週間 ぐらい」たちまち会議室は大騒ぎになった。「6週間だって?」と全員が一斉に叫んだ。 「みんなで統合テストの準備をしているときに、6週間も遅れていながら、 よくもここまで黙っていられたもんだ!」
監督はまあまあ、と他のチームリーダーをなだめて落ち着かせ、実際にテストを稼働させる費用が 発生する前に遅れを報告したジョージの勇気をたたえた。しばらく話し合ったのち、彼らは 当該部分を 4週間で完成させるようにジョージを説得し、スケジュールを変更した。 そして今度こそ閉会にしようというとき、別のチームリーダーが手をあげた。
「いや、あのう」 彼はいいにくそうに言った。「ジョージのところが 4週間もらえるんだったら、 ウチのグループもほしいんですがねえ」
「つまり、君のところも遅れてると?」
「厳密にいえば、ですが…」
「どれくらい?」
「6週間ぐらいだけど、まあ 4週間でなんとかやってみますよ」
こうして堰が切れてみれば、結局のところ 6つのサブシステム全部で スケジュール遅れを起こしていたのだった。もしジョージがあそこで口火を切らなかったら、 問題はまったくなし、という形で会議が終わり、 実りのない統合テストが延々と莫大な費用をついやして開始されるところだったのである。
たった一人でも同盟者がいれば、それは同調を強いる社会での圧力をやわらげるための安全弁になる。
-- プログラミングの心理学・第6章
ついでにいうと、新山は人生の目標として、 この「たった一人の同盟者」になりたいと思っているのだった。 さあ、これを面白いと思ったら「プログラミングの心理学」を買え。 オレは別に何のマワシもんでもないが、このような本がただ「古い」という理由だけで 避けられているのはじつに残念だる。ただし、日本語訳はたしかにチョっとわかりにくいけど。
(ありあけ)
)
そういえば、きのうオカンと話していて、新山の「親兄弟といえども干渉しない」という この個人主義はじつは父方の家系から来たものだったということが判明した。 へー、そうだったんだ? 基本的にこの家では「(成人した) 個人が何をしよーが、 本人がよけりゃそれでいいんじゃん?」という態度で放っておかれる。 でも、こういうのは日本の家族では珍しいらしい。オレはこれが普通だと思ってるので どれくらい珍しいのか知らないが、たしかに欧米的な家族のあり方というのは 新山にとってはぜんぜん抵抗がない。ヘンなの。
どうでもいいけど、javascript がなくても見れるようにしてくんないかなあ。 困るんだよ、こういうの。所詮テキストだけのくせに。
じょじょに、進化する、文章。
<div aligh=right>
それ→。</div>
うましかちょう (蝶)
うましかちょう (腸)
どうでもいいけど (どうでもよろ、) 最近アロマテラピーに凝り出している。
アロマテラピーについてはずいぶん前から知っていたが
(東京の銭湯組合の機関紙『1010』でしょっちう特集されていた)、
このテのものはだいたい“卑し癒し”とかなんとかいうアホくさい文句がつかわれていて
アヤしさ抜群なため、手を出さずにいた。しかし今回、なんとなく出来心で
「ポピュラー精油 6点セット」を買ってしまったのだる。
しかし、なあ、なんか、オレってだんだん趣味が負け犬 OL のようになってきてないか?
まあよい。どのみちオレもしょせんは OL じゃないけど負け犬である。内容は、お約束のラベンダー、
ペパーミント、ローズマリーのほかにオレンジと eucalyptus、あと tea tree。
ティーツリーってのは実はチャノキじゃないのんね。新山はべつにお肌のケアとかどうでもいいので、
用途はもっぱら「ニオイを嗅ぐため」である。風呂に入れたり蒸発させたりだが、
もっとダイレクトに「ティッシュに一滴たらして、そのあと鼻にあててクンクンする」という
麻薬常習者のような手法も使う。でも匂いのキツいやつは、この方法はキツすぎるので使えない。
ユーカリの匂いは、新山にとっては
「Friskユーカリ風味 (緑のやつ)」の匂いでしかなく、ユーカリって実物見たことないんだけど、
ホントにこんな匂いがしてんのかと思ってしまった。まあ、好きなニオイだからいいけどね。
robots.txt
で禁止しているにもかかわらず
大量 get していった連中 (どうやら複数いるらしい) について考えたこと。
こういうガキんちょがウヨウヨしているのを見て、ネットの危険性というのが
ちょっとわかった気がした。
連中が robots.txt
という規約の存在をまったく知らなかったのなら話は別だが、
普通こういうことする奴はまず知っているだろうと仮定する。
でもこれはあくまで「約束」でしかないので、力ずくでやればアクセスできてしまう。
だから彼らは力ずくでアクセスした、というわけだ。しかし、知らなくて驚くかもしれないけど、じつは
「人を殺す能力がある」からといって、それがすなわち
「人を殺す権利がある」ことになるとは限らないんである。
彼らは力ずくで http get できるから、自分にはその権利があると勘違いしたようである。
もちろん、実際に殺人をすることと、
どっかのアホサイトを http でクロールすることの間にはかなりの差がある。
でも、普通は、殺人なぞは、よほどうまくやらない限りまず足がついて罰せられるけど、
ネット上では (ネットのもつ半端な匿名性ゆえに) 大して気まずい思いもせずに
マナーあるいは法律を破ることができてしまうのも事実なのだ。
ようするに「透明人間目ぐすり」を手に入れたのび太みたいなヤツが結構いるわけだ。
非常に稚拙としかいいようがない。これが本当に中学生ぐらいだったらまだいいが、
ハタチをすぎた大人がやってたらオレゃ泣くぞ。
ふつう、「関係者以外立ち入り禁止」って看板があったら、強制力はなくてもまずみんな入ってきたりしないはず。
それを入ってくる、というのは、常識のないイタい奴、と思われても仕方がない。
実際には、wget 程度なら正直どうでもいいし、事実たいした被害はない。
しかし、ウイルスやワームをばらまくガキも
基本的にはこういう気分でやってるのだろうから、問題はずっと深刻になりうる。
新山は完全な匿名によるネット利用のサポートについては激しく賛成だが、
同時に自分のケツがふけないガキにはネットなんか使わせるなとも思っている。
ただ今のところ、どうしたらそんな規制ができるのかまったくわからないけれど。
ただし、上の議論にはひとつの例外がある。もし、あるサイトなり個人なりが、 非常に公共的な性格をもつ (たとえばそのサイトがなくなったら世界の半分ぐらいの人口が死滅するとか) なら、 そのサイト所有者の権利よりも「公共の利益」が優先するかもしれない。 しかし、これまた知らなくて驚くかもしれないけど、じつは tabesugi.net は非常に個人的なサイトなんですよ。 だから新山が独断と偏見でアクセスを禁止しても (道徳的には) なんの問題もない。 ポリシーの問題はあるかもしれないが。 常識的なヒトにとって、そんなのは自明だと思うんだけど…。しかし一部の人は、これまた 「ネット上でアクセスできれば、すべて公共物だ」とでも思っているのかもしれない。 彼らにとって、公道上にあるものはすべて公共物なんだろうか。サッパリわからん。 が、多くの「荒らし」の人々はどうやらそう考えているふしがある。 たとえば、名も知れぬ個人のサイトなんか、基本的に何を書いても問題ないはずなのだ (プライバシー侵害とか法律に違反してさえいなければね)。 ヤスクニ産廃反対とか、北朝鮮サイコーとか、Ruby はどうしようもない言語だとか、 どれもまったく問題ない。にもかかわらず「誰でも (アクセスしようと思えば) アクセスできる」 というネットの特徴のために、「こんな意見をたれ流しているヤツがいる、けしからん」と 気勢をあげるアホが日本には多すぎるような気がする (「けしからん」という論調でないことも多いが、 「みんなで笑い者にしよう」という態度も、基本的には罰を与えたがっていると解釈できる)。 彼らは治安維持法の時代に戻りたいのだろうか? そのくせ、連中は個人主義の恩恵を受けていると思うんだケド、本人達は気づいてない。 そして某国にはそういう鈍感な人々を集めるためのサイトがたくさん存在する。 どこか言わなくてもわかりますよね…。
とにかく、一番の問題は、いい歳になってもガキんちょな人々が多いことだ。 というか、新山は日本に帰ると現実世界ではそういう人間にあんまり出会わないのだけど、 ネット上ではよく見かけるってことは、やはりネットの何かが彼らのような人間を 吸い寄せるのだと考えるしかない。これはもう直らないのかもしれないと思っているけど。
話を戻しますが、tabesugi.net は個人的なサイトなんである。 実際、個人的なサイトとして扱ってくれている人々に対しては、 新山はまじめに対応するようにしている。 ただ、そうでない人々に対しては恐怖を感じるし、 ましてや私的なものであることをわかっていて 不正アクセスするようなガキんちょとは口をききたくない。 ようするに、こういうタイプはどちらも個人vs個人で まともな関係を築こうとしない (あるいは築けない) 連中なわけだから、 そんなのコワくて相手してられっか。
(追記) というか、じつはここにはアーキテクチャ上の問題があるような気がする。 ネットの匿名機能というのは、実は双方向の匿名性だ。 たとえば、ふつう本屋に行ってマンガを携帯で撮影してるヤツがいたら それは誰が見たって「そいつ」の責任だし、さらにはやってる本人もそのことを認識しているはずだ。 しかしネット上ではそれが見えない。つまり、周囲に自分の正体がバレないのに加えて、 自分も周囲の視線がわからなくなっている。これは利用者に「個人としての意識」を忘れさせがちである。 だからガキが危険なわけですよ。しかし、ハタチをすぎてもまだ幼稚な人間が沢山存在しているとしたら、 これはもう誰を信用したらいいんだ? これは「人を見たらドロボーと思え」という格言を思い出させる。 絶望的。
いくらヒマになったからとはいえ、 今日はどうでもいいことで 1時間も文章を書いたので不機嫌だぞ!
ま、たまにはいいか。いやよくない。 だいたいなー、なんでどこの馬の骨とも知らん人間のせいでオレが ムカついたりしなきゃならんのだ。有名税にしても有名じゃないし。 とくに、そこのお前! お前だよバカヤロウ!
正直いって、新山はこのサイトを本気で人に見られたくないと思っている。 では、なんでそもそも公開してるのか? っていうと、 それはマトモな人にだけわかってもらえばいいから。 でも、ボクはリベラルなんで、マトモじゃない人にも読ませてあげてるワケです…。 っていうかそんな奴が何人いようが、そいつらにいくら「さらし者」にされようが、 普段は気にしないのだが (そういう人々は、面と向かってメールを出してきたりは決してしないので)、 ときにそういう連中が図に乗って勝手にクロールしだしたりすると、 いきなり理不尽なコストを支払わされ、アーーーーもう!! って気分になるのですよ。 ま、運悪く隕石に当たったようなもんだとしても、 いや、自分のポリシーをつらぬくって大変ね。ほんとに
しかし、もしオレがこのサイトをそういう“お子様”方からも 注目されるようなものにしてしまっていたとしたら、 我ながらショックを禁じえない。自業自得ともいえる。
整形手術 (じつはカツラや化粧も) の目的は、 「キレイになる」ことや「カッコよくなる」ことではない。 「容姿によるコンプレックスをなくす」ことが一番の目的だ。 で、容姿がほんとに深刻な問題となる人ってのは現実に存在する (顔面にひどい火傷を負った人など)。こういう人が整形手術を受けたとしても、 それを安易な解決だとバカにすることはオレにはできない。 でも、そうたいして深刻でもない人が「現状を改善」しようとして 整形手術をするのはバカにするかもしれない。なぜならそれはあまりにも安直な解決策に見えるから。 「かわいさ」ってのは総合的なもんで (男でも女でも)、 一部のパラメータだけをいじったからといってそうそう変わるもんではないし、 そもそも、生まれつき容姿にコンプレックスがあった人間が、 整形したくらいで本当にそのコンプレックスをなくせるのか? かなり疑問だ。 それはただ問題を奥に隠しただけで、またいつか別のコンプレックスが生まれてくるんではないだろうかと思う。 よく、一度整形手術した人は何度もやりたがるという話を聞くけど、 そういう人々の「病巣」はちっとも変化してないんではないかと思わせる。 見た目を気にしてる限り、どうせ彼らは時間がたてばまた同じような悩みが再発するだろう。 呪われた人生だ。ま、どっちにしろオレには今のところ関係ない話題だけど、 ふと思ったのでここに書いておく。結局のところ (ケッキョキ)、 個人の人生におけるほとんどの問題は「思い込み」による問題であって、 実際には考え方を変えれば大した問題でもないことが多い。 とくに日本人の抱える「問題」はそうしたたぐいの問題に見える。 もっとも本人にとってはその「考え方を変える」のができないので、 依然として困難な問題なのだろうけど。
それにしてもなんでオレは突然こんなことを。 ヒマなのか?
で、こういうことを考えると、つくづく思うのが「親という仕事の大変さ」である。 なぜなら上のような問題のほとんどは幼少期に形づくられるからで…。 オレの親は、よくやっていると思うけれど (といってもオレは判断できる立場にないケド)、 自分がいずれ親になったとして、うちの両親ほどの親になれるかどうか考えると怖い。 オレには自信がぜんぜんない。非常なプレッシャーだよ、諸君!
それにしめても、この国の客はよく橋が落ちる客だ。
msmskmy → モシモシカメヨ
なんか今日になったらいきなりサイトを全部 wget かなにかで (robots.txt
を完全に無視して)
クロールするやつが来た。まったく…気持ち悪いっての!
しかも、なんか複数の ip アドレスからくる。いちおう、このサイトでは
「dosウォッチャー」のような監視スクリプト (チョー適当なやつ) を走らせているのだが、
いちいちそれを手でチェックするのも面倒くさくなったので、過去の日記をぜんぶ消しちまった。
さあ、これでモーどんどん来てくださいよ! でももう来ないといいなあ。ほんとに
それにしても、こういう類の人間が世のいろいろなサイトをツブしているのだとわかった。 こいつらは http が通じれば何をしてもいいと思っているようである。 それで「御社のセキュリティは甘い」とかなんとか言ってそうだな。 うちはべつにセキュリティをチェックしていただかなくて結構なんですが、意図不明。 いかなる理由であれ、こんな黄身の悪い人間と現実世界でハチ合わせになったりしないことを祈るよ。
ところでピガロレよ、雨はもう止んだのかい?
Good luck のことを "break a leg" というんだってさ。
いや、ぼかぁ、ぜ〜んぜん問題ないと思う。ほんとに
もう頭の中はアレのことばかり
Document ID: 2b4054accca0824348f1d5188cf0a174
Yusuke Shinyama