Mar. 2018

Last Modified: Sat Mar 24 04:59:13 UTC 2018

Okay, Okay, Things! 2018-03-24 [Sat] 14:29

オーケイ、忘れないうちに書いておく。

教育は「考える力」なんだそうな。 「考える力」ってなんだ? そもそも「考える」ってなんだ? 思うに、日本語で以下の3つの「考える」は全く違う意味をもつ:

さらにいうと、おそらく世間で言うところの「考える」は 次の3種類に分類できると思われる:

なぜかというと、AI的には「考える」というのは 結局のところ「探索」でしかないからだ。 まともな解を発見するためには、 各ノードの状況を正しく把握し (想像)、 そこからなるべく多くの候補を列挙し (規則)、 莫大な候補の中から「それっぽい」ものを選び出さなければならない。 よって、この3つの能力を鍛えれば、それなりに「考える力」を 鍛えたことになると思われる。

しかし、この定義は内的な「考える」に焦点を置きすぎている。 実をいうと、いま上に書いたような文章を書くためには 「考える力」は必要ではない。これは考えるというよりも どちらかというと「気づく」とか、「観察する」とかいった能力である。 ようすうに入力だな。そして実際には頭の中で考えてるだけじゃだめで いま書いたような日本語も書かなくちゃいけないから、出力としての 「表現する力」も重要だ。ただし観察や表現をする方法を模索する中で、 「考える力」がサブルーチンとして使われることはありうる。

以上を非常にCS的にまとめると、次のようになる:

観察力 考える力 表現力

で、これらがあったとしても本当に「頭がいい」とは 保証できない。なぜならプロセスは確立されていても、 実際にそれを遂行できる持続力とか安定性がなければ 結局、答えは出せないんだから。 そしてこれらを鍛えるのはまた別の話ということになる。

P.S. SVGをもっと簡単に挿入できるマクロがないとだめだな。


Yusuke Shinyama
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